あのこは貴族

東横線とか田園都市線って、ミーハーな人が住んでそうだよね」

【第10回】
30歳までに結婚したいと強く願っていたのに、彼氏にフラれた華子。
急に人生の岐路に立たされ、結婚への焦りで頭がいっぱいに。
幾たびお見合いを繰り返しても、うまく行かなくて――。
気鋭の作家・山内マリコが、アラサー女子たちの葛藤と解放を描く、渾身の長編小説。


 整形外科医院を継いでくれる人と出会わなくちゃいけないのに、友達が紹介してくれた人を好きになってしまったらどうしよう、などと心配していたことがバカらしくなるような日々に、さすがの華子もやさぐれ気味である。「気晴らしに椿山荘でお茶でもどう?」という相楽さんの誘いに乗って出かけ、華子は先日の出来事の顚末を洗いざらい報告した。相楽さんは、女性を紹介されるのに、激安を売りにする居酒屋なんかを指定してきた時点で、もっと警戒するべきだったと手厳しい。そういう店選びである程度どんな人だかわかるもんじゃない? というのが彼女の意見だ。華子もメールにリンクが貼られたお店の情報を見てがっかりしていたものの、それを理由に会うのを拒んだりしたら、相手に変な誤解を与えてしまうかもしれないと思って、渋々受け入れていたのだった。

「変な誤解ってなに?」

 相楽さんはまっすぐな瞳でたずねた。言葉の微妙なニュアンスを、なんとなくの雰囲気で流さずに逐一質問するところは、海外歴の長い彼女の癖だ。一方訊かれた華子はもじもじと口ごもる。

「だってほら、初対面でいきなり堅苦しいお店に連れて行かれても緊張するから、話が盛り上がりやすいように、あえてカジュアルな店を選んだのかもしれないって思ったの。それに……」ここからが本当の気持ち、とでも言うように目配せして、「性格悪いって思われたら嫌だもん」と、華子は子供っぽく唇を尖らせた。

「ちょっとちょっとぉ、そうやって気さくな自分を演出しようとするのやめなよ~」と相楽さんは笑う。「あたしさぁ、いまの日本のそういうとこ大嫌いなんだよね。デートでファミレスに連れて行かれても、女は文句言えない感じあるじゃない? 庶民派ぶってないと叩かれちゃうの。えーそんな安いとこ行きたくないって言ったら、お高くとまった性格の悪い女ってことにされちゃうんだよ。ほんと嫌! そんな男こっちから願い下げだわ」

 ホテル椿山荘東京は、どの駅からも遠く不便な場所にあるのに、午後のロビーラウンジは混み合って、予約せずに来た二人はアフタヌーンティーを注文するも断られてしまった。

「わざわざ遠くから来たんだけど……ダメ?」

 可愛らしく拝む相楽さんに、ウエイターは「申し訳ありません」の一点張りである。

 相楽さんはようやく諦めて、

「仕方ないか。予約して来なかったあたしが悪いわ。今度からアフタヌーンティー狙いのときは、絶対予約しよ。いっこ勉強した」とさっぱりした調子で言った。

 二人してミックスベリーのスムージーを頼むが、うやうやしく別のテーブルに運ばれていくケーキスタンドを、物欲しげに眺めずにはいられなかった。下の段にはキュウリのサンドイッチやオープンサンド、真ん中の段に数種のスコーン、上の段にはブランマンジェやシブーストが盛り付けられている。

「あーあ、がっかり」

 相楽さんは運ばれてきたスムージーをストローでかき回しながらうらめしそうに言ったが、一口吸うなり「あ、美味しい」とつぶやき、すぐに機嫌を直した。

 二人は窓の外に広がる鬱蒼とした庭園を眺めるが、小雨が降って霧がかかっている。

「あーあ、散歩しようと思ったのに」

 相楽さんはソファに深く沈みながら、つまらなそうにスマホを向けて庭園の写真を撮ると、「インスタにあげよ」と言って、指をスッスッと動かした。

「ところでさぁ、誰なの? そんな変な奴を華子に紹介したのって」

「美帆さんって、着付けの学校で一緒になった人。新婚さんなの」

「ふぅーん」

「その美帆さんの、ご主人の、大学時代の友達なんだけど」

「ふぅーん。なにしてる人?」

「銀行員だったかな」

「へぇー。その美帆さんって、どこに住んでるの?」

「自由が丘」

「実家が自由が丘ってわけじゃなくて?」

「たぶん」

 相楽さんは「ふぅん」と鼻を鳴らしてこうつづけた。

「東京の人じゃなかったんだね」

「……うん。美帆さんは福岡の出身だったかな。旦那さんとは結婚相談所で知り合って、転勤でこっちに来たんだって」

「東横線とか田園都市線って、ミーハーな人が住んでそうだよね」

 相楽さんはなんの気なしにそんなことを言う。

 美帆さんやあのイケメンの関西人の顔を思い出しながら、華子は「東京の人じゃない」という表現に、ハッとするものを感じていた。

 東京の街には、しきたりと常識がないまぜになったような共通認識が張り巡らされていて、それは代々ここに住み続けている人たちに、脈々と共有されていた。最近になって外部からやって来ては、踏み荒らすように西へ西へと住む場所を押し広げていった人たちとは、見えない壁で隔てられている。けれどもそのことをあからさまに口にするのは品がないからとはばかられ、あまりおおっぴらに俎上にのせることはなかった。しかしだからこそ、この手の話は面白かった。

 それから相楽さんは、こんな結論を出した。

「あたしは東京にいるのはちょっと息苦しいし、また海外に住みたいって思ってるけど、もし外国人と出会いがなくて日本人と結婚することになっても、東京出身でない人とは、ちょっと無理だな」

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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