あのこは貴族

1ミリも胸ときめかないお見合い相手、ワタナベ

【第8回】
30歳までに結婚したいと強く願っていたのに、彼氏にフラれた華子。
急に人生の岐路に立たされ、結婚への焦りで頭がいっぱいに。
父おススメのお見合い案件が控えているが、安心はできなくて――。
気鋭の作家・山内マリコが、アラサー女子たちの葛藤と解放を描く、渾身の長編小説。

 ようやく父が持ってきてくれたお見合い写真を、華子は渋い顔で眺めた。相手の男性は野暮ったい髪型と少しずんぐりむっくりな体形のせいか、年齢よりずっと年がいって見える。どこをとってもまったく胸がときめかない相手だった。

 それでも最初のお見合いの日、華子は気合いもたっぷりにケイト・スペードの華やかなワンピースでのぞんだ。場所は帝国ホテルのラウンジバー。仲人や両親が同席する会食ではなく、本人同士が直接会って軽くお茶をする、気軽な形をとることになった。

 華子は待ち合わせの時間に五分早くやって来た。ウエイトレスに「渡邉」という相手の名前で予約が入っているか訊いてもないと言うし、それらしき人も見当たらないので、華子は案内されたソファに一人身を沈めて待つことにした。

 五分待っても誰からも声をかけられないので、先に飲み物だけ注文してさらに十分待つが、一向に現れない。華子が父からもらっているのは、簡易版の釣り書ともいえるメールの文面で、そこには実家の所在地、学歴と職歴と現在の肩書き、趣味、家族構成が記されているばかり。肝心の電話番号やメールアドレスは書かれていなかった。

 華子はしびれを切らして立ち上がり、もしかして行き違っているのではと、ラウンジを歩きまわって捜すことにした。スマホに保存した彼の写真を頼りにきょろきょろ首を伸ばすと、華子のほんのすぐ後ろの、向こうからはばっちり華子が見える場所に、それらしき男性がいるのに気づいた。顔写真と何度も見比べ、華子はその人が自分のお見合い相手であることに確信を持った。

「あのぅ、渡邉さんですか?」

 声をかけると男性は、iPad miniからぱっと顔を上げ、

「はい」

 と一言、待ち構えていたように即答した。

「すいません、わたしずっとそこに座っていたんですけど」

 なんで声をかけてくれなかったんだろうと首を傾げつつ、待ち合わせ時間からだいぶ経ってしまったことに申し訳なさそうにする華子に対して渡邉は、

「そうですか」

 と言ったきり、動こうともしない。

 見ると渡邉はまだ注文していないらしく、テーブルにはiPad miniとiPhoneが置いてあるだけだった。

「あの、わたし、あっちの席で、もう飲み物も頼んでしまっていて」

 だからまだなにも頼んでいないあなたが移動するべきですよね? という気持ちを察してほしかったのだが、渡邉からはとくにリアクションもなかった。華子は自分の席に戻ってバッグを持ち、仕方なく席を移った。その様子を見ていたウエイトレスが、ティーカップやお冷の入ったグラスやおしぼりを、慌ててお盆に載せて運んでくれた。華子は「すみません」とウエイトレスに声をかけたが、渡邉から労をねぎらうような言葉はとくになかった。

 ようやく一つの席に差し向かいで座るところまでたどり着き、華子は改めて渡邉の顔を見据えた。写真より、またずいぶんと覇気がない。父から聞いた話では三十四歳ということだったが、とても三十代には見えなかった。そのわりに、年上の男性に期待する包容力やイニシアティブを持ち合わせていないことは、すでに華子にも察しがついている。

 渡邉は、顔立ちにそこまで難がある感じではなかったけれど、ダークグレーのスーツが体形に合っておらず、革靴も栄養が行き届いてなくてカサカサしている。顔色が悪くくすんでいるが、髪や眉毛だけは黒々と濃いところも、なんとなく不潔な感じがした。

 若いウエイトレスが改めて彼にメニューを差し出すと、渡邉は「アイスコーヒー」と、一言ぞんざいにつぶやいた。注文をしてしまうと、あとは無言の時間がつづいた。渡邉は銀縁のメガネをかけていて、汚れて七色に反射するレンズの奥から、チラチラと盗み見るように華子をうかがうばかりである。

 それでも華子は、にわかに湧き出した嫌悪感を悟られないように、にこやかに渡邉に接した。

「混んでますね」

「はあ」

「予約してるのかと思って、お名前言ったんですけど、なくて。なかなか落ち合えなくて失礼しました」

「いえ」

「ちゃんと予約しておけばよかったですね」

「はあ」

 華子としては、ちょっと嫌味のつもりで言ってみたのだが、渡邉は悪びれる様子もない。

 この男は宗郎の友人の、医学部教授からの紹介なのだが、とにかく真面目な青年、ということだった。真面目とは便利な言葉だと華子は思った。誰かになにかを指図されるまで、ただ大人しくぼうっと座っていれば、それで「真面目な青年」の称号を得られるのだから。

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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コメント

maricofff 『 !!!!!! 7ヶ月前 replyretweetfavorite