こんにちは、きのコです。
今でこそポリアモリーであることをかなりオープンにしていて、こういうかたちでポリアモリーについて文章を書いたりもしている私ですが、ここまでたどりつくには、一筋縄ではいかない長い道のりがありました。
今回は、ポリアモリーであることをカミングアウトしたときの周りの人たちの反応について、お話していきたいと思います。
会社の先輩に打ち明けたら…
オープンにしている、といいながらいきなりですが、勤め先ではポリアモリーであることはほとんどカミングアウトしていません。
昔、入社当時の私の教育係として仕事を教えてくれて、大変お世話になっていた先輩との飲みの席で、ポリアモリーについて打ち明けたことがありました。
そのときの先輩の「結婚しろ!子供をつくれ!そうすればお前は変われる。そんな生活してると、最期には誰も周りにいなくなって独りぼっちになるぞ」という言葉は、今も私の心に棘のように突き刺さっています。それ以来、会社の人にポリアモリーをカミングアウトすることについては、かなり慎重になりました。
とはいえ、今後も長く勤めたいと思っている会社ではあるので、ずっとクローゼット(自身の性的指向や性自認を公表していない状態)で働きつづけたいとは思っていません。今のところ、ポリアモリーについては、私自身が直接伝えるより、メディアでの発言などを通じて「外から」伝わっていく方がよいのでは、と思っています。
ポリアモリーであることに限らず、自分自身の大切なアイデンティティについていちばんカミングアウトしたい、けれどいちばんカミングアウトしづらい相手が家族——特に「親」だという話はよく耳にするし、私自身もまさにそうでした。
「姉ちゃんのビッチ!」
実家暮らしだった学生時代から、恋人以外にも複数の人とデートを重ねていることはあまり隠してはいなかったけれど、そのことと、ポリアモリーであることをカミングアウトすることとは全く別。当時、家族からは「きのコは遊び癖がひどくてふらふらしてるけど、まぁ、そうはいっても年頃になれば落ち着くだろう」と思われていた(らしい)です。
当時の私はとても「関係者全員の合意のもとに複数の人とお付き合いしている」状態ではなく、まさにふらふらしていたとしかいえないのですが…。モノガミーでロマンチックラブイデオロギーの強い妹からは「姉ちゃんのビッチ!」と非難されることもしばしばでした。
そんな私が、ようやく家族に「ポリアモリー」という言葉をつかって自分のことをカミングアウトできたのは、30歳を過ぎてから。OUT IN JAPAN※というカミングアウトプロジェクトに参加したことがきっかけでした。
※「日本のLGBTをはじめとするセクシュアル・マイノリティにスポットライトを当て、市井の人々を含む多彩なポートレートを様々なフォトグラファーが撮影し、5年間で10,000人のギャラリーを目指すプロジェクト」(公式サイトより抜粋)
母親は、私の話を落ち着いて聴いてくれましたが、最後に「ひとりで生きていくならポリアモリーもいいけど、子供はつくらない方がいい」と言われたときは、なんともやるせない気持ちになったことを覚えています。
けれどある日、実家に帰省した私に母親が2冊の本を差し出してきました。深海菊絵『ポリアモリー 複数の愛を生きる』と坂爪真吾『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』。どちらの本にもポリアモリーが取り上げられていて、母親は新聞の書評欄で「ポリアモリー」の言葉を見つけ、これらの本を読んだといいます。このようなかたちで、ポリアモリーについて知ろうとしてくれているのは、私にとっては涙が出るほど嬉しいことでした。
友人に悪意がないことはわかっているけれど
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