あのこは貴族

親が連れてくるお見合い相手にろくなのはいないよ

【第6回】
30歳までに結婚したいと強く願っていたのに、彼氏にフラれた華子。
急に人生の岐路に立たされ、結婚への焦りで頭がいっぱいに。
父おススメのお見合い案件が控えているが、安心はできなくて――。
気鋭の作家・山内マリコが、アラサー女子たちの葛藤と解放を描く、渾身の長編小説。

 仕事を辞めて以来時間を持て余すようになった華子と、平日の昼間に気軽に会ってくれる友達といえば、相楽さんくらいだ。小学校から同じ一貫校に通っている相楽逸子は、大学からドイツに音楽留学しており、ビザの都合でいまは日本とドイツに半々ほどで暮らしている。久々にお茶でもどう? と連絡すると、「ウェスティンでいい?」とすぐに返信が来て、手際よくアフタヌーンティーの予約を入れてくれた。

 父に任せているお見合い話に進展がないまま一月が過ぎ、季節は立春を迎えようとしていた。恵比寿のウェスティンホテルのロビーラウンジには、きものを召したご婦人グループがかん高い声を上げて笑い、席のほとんどが埋まって賑やかである。制服姿のスタッフが忙しく動き回り、入り口に立った華子はなかなか気づいてもらえない。首を伸ばして中を窺っていると、先に着いていた相楽さんが華子に向かってこっちこっちと手を振った。黒いワンレングスのロングヘアー、ゆったりと配置されたソファに体を沈めた相楽さんは、飾り気のない独特の雰囲気だ。ドイツ暮らしで培われたヨーロッパ風のノンシャランとした態度が板についてあけすけで気取りもなく、グループのほかの子とは見た目も性格もかなり毛色が違っている。

「みんなでクリスマスパーティーしてから会うの初めてだよね? あれ、ほんと最悪じゃなかった?」

 ざっくばらんに言いながら、相楽さんは運ばれてきたケーキスタンドの下の段に手を伸ばし、サンドイッチをつまみ上げた。

「結婚すると変わるっていうけど、ほんとなんだね~。あたしびっくりしたわ。だって旦那さんの話しかしないんだもん。世界狭すぎ」

 華子はティーカップに唇を付けながら、目だけでうなずいてみせる。

 たしかにこの間、小学校からの仲良し六人グループで集まったときは、既婚組の二人が結婚話に、婚約中の二人が挙式披露宴の話に終始していて、立場の違う自分たちとはまったく話が嚙み合わず、なんだか白けてしまった。クリスマスパーティーといってもただのランチ会だったが、結婚したら自由に夜遊びもできないのかと相楽さんは本人たちの前で気を吐き、既婚の二人は女子高生のように「だってぇー」と語尾を伸ばして顔を見合わせるばかりではっきりしない。それでいて彼女たちが口にする内容は、ただの愚痴の垂れ流しなのである。家事が思いのほか面倒であること、夫に構ってもらえる時間が少ないこと。主婦友として新たに結束を固めた二人は、華子たちを置いてきぼりにして盛り上がっていた。

 本人たちにとっては家事や夫に構ってもらえないのは深刻な悩みかもしれないが、独身の華子と相楽さんの耳には、取るに足らない些末なことに思えて仕方ない。彼女たちは言うなれば、結婚によって、男の操縦する立派で頑丈な船に乗せてもらったようなものなのだ。一方の華子たちは小波にも転覆しそうなボートで、自らがオールを握っている心許なさ。クルーザーのデッキで優雅に太陽でも浴びていそうな、妻という盤石な地位を得た女たちの悩みなど、お気楽極まりないのである。「暇だから早く子供がほしい」と言う二人に対し、「ちょっとやめてよそれ、なんかグロテスクだから」と相楽さんが食ってかかったときはさすがに場が凍って、既婚及び婚約組と独身組の亀裂は決定的になってしまった。

 ウェスティン特製のシュークリームに手を伸ばしながら、相楽さんはクリスマスパーティーでの一件を蒸し返した。

「暇だから子供ほしいって何!? なんかえげつないんだよね、言い方とかいちいち。あの二人、昔はもっとさっぱりしてたのに」

 相楽さんは留学でつき合いが飛び飛びになっているからあまり気づいていないようだが、華子たちは大学以降、おそろしいほど変わってしまったのだ。それまでは女子だけの平和な世界で、男も女もなくただ自由気ままに振る舞っていたが、高校を卒業して野暮ったい制服を脱ぎ捨ててからは女子大といえど交友関係は大いに広がって、彼氏をつくることが最大の関心事となった。

 男性の視線にさらされ、女としての魅力を品定めされることが日常的となると、着飾ったり、ときには媚を売ったり、男に好かれるような物言いや態度を、彼女たちは大慌てで習得していったのである。街に出ては、買い物買い物また買い物の日々。その過程をわけもわからず楽しんでいた華子だが、ふと我に返ると、寂しい気持ちになることもあった。華子たちの多くは主体的にファッションを楽しむという気質を欠き、洋服で自分を表現しようという気持ちが薄い。ファッション誌に導かれるまま、ひたすら枠にはまった女らしさを手に入れるために己を磨いていった。その結果、彼女たちがある種の無垢さを失ったのは、仕方のないことだった。

 自分たちの友情が完璧に調和していたころを思い、華子はかすかに胸を痛める。しかし気が治まらずに、相楽さんの口ぶりに同調し、こんなふうに合いの手を入れた。

「わたしも聞いててアレ? って思うことはいっぱいあった。なんか、変わっちゃったよね、やっぱり」

「子供も二人で示し合わせて、同じ年に産んだりして。なんか気持ち悪い。そうなったら完全に縁切れるよ、こことは」

 相楽さんは「ここ」と言いながら、自分と華子を交互に指さした。まるで自分が「行き遅れ」側に括られたようで、華子はかすかにむっとする。本来なら、華子はこちら側の立場ではないはずだった。

 既婚組の一人は、決して男好きするような見た目ではなかった。顔立ちが濃く、御髪が豊かなついでに眉毛も立派で、子供のころははっきりと口ひげが生えていた。鹿児島にルーツがあるとかで、あだ名は苗字にはまったく関係なく〝西郷どん〟であったが、彼女が女としての自我に目覚めてからは黒歴史化してそれは禁句になった。西郷どんと華ちゃんである自分を同じ秤にのせたことなど一度もなかったが、結婚によって大きく差がついてしまったことで、自分のどこが劣っていたのか、なにが食い違ってこうなったのか、イジイジと考えてしまう華子がいる。そしていつの間にか、西郷どんだったくせにと、腹の底で憎々しく思っている自分がいた。婚活は、女をどこまでも醜くさせる。

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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