「タバコのflavor」と「寝耳にウォーター」
『シン・ゴジラ』で石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・アン・パタースンが、頻繁に日本語に英語を混ぜ込んでくるのだが、その英語に対する揶揄をあちこちで見かけた。宇多田ヒカルの「タバコのflavorがした」(「First Love」)という英語の混入に違和感を覚えた人はいなかったわけだから、石原さとみの英語は「タバコのflavor」よりもルー大柴の名作「寝耳にウォーター」寄りだったということなのだろう。そもそも宇多田は、本場仕込みのイングリッシュを披露するために「タバコのflavorがした」と歌ったわけではない。それは直後に「ニガくて切ない香り」と続けたことからも分かる。「flavor」と「香り」を適材適所で使い分けていただけだ。
かつてどこかで読んだ論考がそのまま自説として埋め込まれている可能性が捨てきれないので、あらかじめ誰かに向かって陳謝しておくが、宇多田ヒカルは不自然な場所で日本語を切って歌う。「最後の、キスは、タバコの、flavorが、した」と切るのが自然なのに、「さ、いごの、キスはタバ、コの、flavorがした」とメロディラインを際立たせる(あるいは準じる)歌い方をする。「さ、いごの」や「キスはタバ、コ」とイレギュラーな切り方をした直後にふさわしいのは「flavor」と「香り」のどちらかとなれば、下唇を噛む「ヴ」が含まれるflavorのほうが引き締まるはず。続く「ニガくて切ない香り」は歌い方に合わせて「flavor」ではなく「香り」としたのだろう。「寝耳にウォーター」のように、イングリッシュであることをマストにしているわけではないのである。
詩的な日本語を崩す
8年ぶりに出た『ミュージックステーション』で、タモリに対して、とにかく作詞がしんどい旨を述べていたが、作曲後に詞を乗せていく作業のなかで、宇多田は「日本語って実はリズムに乗りやすいし、センテンスを途中で切れる言葉」(『BOON』1999年11月)だと、英語よりもむしろ日本語の面白さを語ってきた。「Addicted To You」にある「電話代かさんで」という歌詞は、元々「電話代高くて」だったそうだが、「アメリカの歌だと、日常会話をそのまんま書いても気にならないんだけど、日本語ってずいぶん詩的にする傾向が強くて」(宇多田ヒカル編『点 —ten—』)と語るように、あえて日本語を崩してみたそうだ。
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