初心者は、とにかく失敗したくないのだ
「畑の周囲を、ぐるりと塀で囲っちゃおうよ」
私は当初、そんなことばかり言っていた。
農園のメンバーは、おじさんとおじいさんばかり。ご夫婦もちらほらいるが、20歳も30歳も上のおじさんと、話が合うわけがない。
「閉鎖的なことを言ってちゃダメだよ。みなさんと仲良くしないと、お得な情報も流れてこないんだからね」と夫。
それは「牛ふん事件」で身にしみてるよ。よし、やろう。私はこの農園で、社交的な人間に生まれ変わるぞ。
週末、私は勇気を出して、農園のおじさんメンバーに声をかけてみた。
「はじめまして。よろしくお願いします」
「よろしく。野菜づくりは、もう長いの?」
「いえ、初めてです。え? もしかして、家庭菜園のご経験があるんですか?」
「うん。もう10年くらいかな。借りてた畑が手狭になったんで、ここに移ったんだ」
「えーっ!?」
農園のメンバーは、ほとんどが菜園経験者だったのだ。
なかでも、両隣の区画のN村さんとO野さんは超ベテラン。すでに定年をむかえ、今では畑が仕事場だ。
「ナスの苗作り、どうしてます?」
「ぼくは、昼は床暖房の上に置いて、夜はお風呂の湯ぶねにふたをして、その上で育ててるんですよ」
「なるほどね~」
ふたりのおじさんは、ナスをタネから育てているらしい。野菜作りのテキストには「トマトやナスの苗作りは難しいので、ホームセンターで買え」と書いてあるのに。
夫は、ふたりが帰ると、両者の畑をコソコソと偵察に出かけた。そして、
「N村さんの畑の土はふかふかだよ」
「O野さんの畑では、もう何かの芽が出てるよ」
と、いちいち報告してくる。
「あのさぁ。それって、『お隣の〇ちゃんは塾に通い始めたよ』とか、『向かいの△くんはお受験だって』とか、我が子とくらべてる親と同じだよね」
そう言うと、夫はムッとした。
「ぼくはただ、失敗したくないから参考にしているだけだよ」
夫が新車を買ったとき、農園のメンバーがまず見たのはトランクでした。「これなら堆肥がたくさん積めるね」
「そんなむごいこと、できないよ!」
もちろん、隣がベテランだと多少は心強い。まず私にできなかったのが“間引き”だった。
野菜の芽を、元気のよいものだけ残し、ほかを引き抜くのである。私の選択に、野菜の命がかかっているわけだ。
「希望に満ちて伸びようとしている子の未来を摘み取るなんて、そんなむごいこと、できないよ!」
ちなみに「間引き」を辞書で引くと、こんな意味もある。
「口べらしのために生まれたばかりの子を殺すこと(大辞林)」
うえ~ん。
「N村さん、ちょっと来てください!」
私はお隣を呼びつけた。目の前には、カブのかわいい芽が並んでいる。
畑にまいたタネは、こんなふうに発芽します。
「間引きって、どれを抜けばいいんですか?」
「どれでもいいんだよ。元気そうなのを残せば」
「ぜんぶ元気そうですよっ!」
そんなシロウトを彼がどう思っていたか後に聞いたら
「隣の夫婦、さっさと飽きてやめないかな。そしたらぼくの畑を広げられるのに って思ってたんだよね。うそうそ、冗談だよ」と大笑い。
「ははは……」と顔では笑っていたが、私と夫は凍りついた。
「あれは、おそらく本心だぞ」と夫。
「どうするの? きっとみんながうちの畑を狙ってるんだよ」
「四面楚歌だ……」
間引きは2~3回わけて行い、元気なものを残します。これはダイコンの間引き菜。おいしく食べられます。
「ノー・サンキュー」とは言えなくて
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