「あの、実は、今日ここに連れてこようと思った人とは、もう別れて……」
一斉にため息がもれた。
家族はお互いの顔を見合わせ、事情を飲み込んだふうであった。
沈黙を破ったのはまたしても麻友子だ。
「ねえ、誰か男紹介できないの?」
「え、別れたばっかりでもう? いくらなんでも早すぎるんじゃ」と真。
「そんなことないわよ。二十代のうちに結婚するなら、のんびり落ち込んで余韻に浸ってる時間なんてないでしょ」
香津子も気持ちの切り替えを勧め、
「あなた、会社にいい人いない?」
と真をせっついた。一方で、母の京子は宗郎に水を向け、
「お父さん、ほら、あの話あの話」
と、しきりにサインを送っている。
「あの話って?」
香津子が首を傾げていると麻友子は、
「あの話よ」ニヤリと笑って「父さん、チャンス到来」と父の宗郎に話を振った。
ここで宗郎に代わって、母の京子が説明をはじめた。
「あのねぇ、華子の結婚なんだけど、できればお父さん、整形外科のお医者さんと一緒になってもらいたいって、ずっと思ってたのよ」
「……えっ?」思いがけない話に華子は驚いた。母はこうつづける。
「華子に結婚を前提におつき合いしている人がいるのを知って、お父さんなかなか言い出せなかったらしいんだけど、ほら、うちの病院、このままだと誰も継ぐ人がいないでしょ? 麻友子に期待してたんだけど、だめになっちゃったじゃない。せっかくリハビリ科も作ったのに、このままお父さんの代で終わりにするのは、やっぱり忍びないって。もうずっとぐずぐず悩んでるのよね」
男子に恵まれなかった夫婦にとって、榛原整形外科医院の後継者問題は常に頭痛の種だった。長女の香津子は家の事情の犠牲になるのは嫌と、早々と商社マンの真と結婚してしまったし、次女の麻友子は医大に進学したものの、整形外科ではなく皮膚科を専攻してしまう。その麻友子が三十歳を過ぎても結婚する素振りを見せないので、たびたびお見合いを勧めて、具合よく整形外科医と結婚する運びとなった。ところが八ヶ月でスピード離婚してしまったことで、すべてはご破算に。そんな経緯もあって、宗郎も末っ子の華子に後継者問題を押し付けるようなまねはしたくなかったのだが、七十歳になる前になんとかこのことにけりをつけたい気持ちは膨らんでいる。宗郎は言った。
「できれば華子に整形外科医と結婚してもらって、医院を継いでもらいたいと思っているってことは、わかっておいてもらいたいんだ」
華子が考える隙もなく、京子が横からこう差し挟む。
「でもね、お母さんはね、好きな人と一緒になるのが、華子にとっていちばんの幸せだと思ってるの。だから、家の都合で好きな人との仲を裂くようなことはしたくないし、ましてや家業のために好きでもない人と結婚するなんてことは、してほしくないのね。どうしても男の子が欲しいって三人目をつくって、産んでみたら女の子だったとき、もうこれ以上この子に跡取りの問題を背負わせるのはやめようって、誓ったんだから。だからお父さんにも、医院のことを持ち出すのはやめた方がいいんじゃないかしらって言ってたのよ。でもね、もしよ、もし、華子に会ってみる気持ちがあるなら。……何人かは紹介できるんでしょう?」
京子に訊かれた宗郎の返事を、みなが待った。
「もちろん」
宗郎の言葉に、全員がわぁーっと歓声をあげる。
「え、なに? なにがあったの?」
スマホをいじってばかりで話をまったく聞いていなかった晃太が顔を上げてたずねた。
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