「あのさぁ、で、華子が紹介したい人って、どこ?」
麻友子はまったく悪びれた素振りもなく、個室の中をきょろきょろ見回して言った。
長テーブルのあちらとこちらに並んで座っている榛原家は一斉に、もっとも入り口に近い、空っぽのままの椅子に視線を投げた。
華子はいつもにこにこと愛想よく行儀よくしているだけで、どうもはっきりものを言わないところがあるから、家族はみな彼女の心の内を、それとなく斟酌してやる癖のようなものがついていた。なかでも察しのいい母の京子は、華子が家族に相談もなしに会社を辞めてしまったのも、どうやらかねてからつき合っていた恋人にプロポーズされ、いよいよ結婚準備に入るつもりなのではないかと推し量っていたのだった。
それで気をつかって京子の方から、
「もし家族に紹介したいボーイフレンドがいるなら、お正月にみんなでおばあちゃまとお食事するときに連れていらっしゃいよ」
カジュアルを装って誘い水を向けていたのである。
これには華子もまんざらでもない様子で、
「それじゃあ席を一つ余分にお願いします」
と頼んでいたのだが、いざ当日を迎えてみると、それらしい人は来ていない。来る気配もない。
母の京子と、京子から情報が回っている香津子の二人は、華子の恋人の不在に肩透かしを食らいつつ、これはなにかあったのではと察知しておくびにも出さず振る舞っていたが、もう一人その情報をつかんでいた麻友子が、素晴らしい無神経ぶりで切り込んだという次第だった。
「え、もしかしてあたし、まずいこと言った?」
「あら、なぁに? なんの話?」
事情を聞かされていない祖母はもとより、宗郎も、真も、首を傾げる。
京子があくまでも軽い調子で、
「いえ、実はね、華子がおつき合いしている男性を、ここにお招きしたらいいんじゃないかしらと思って、お席だけ取ってみたんだけど、どうやらいらっしゃらないみたいで」
とりなすように言った。
これに対して祖母は、ピシャリとこう言い放った。
「席だけとってみたなんて、来るか来ないかはっきりしないような人、お店にだって迷惑じゃないの。華ちゃん、あんまり適当な人とおつき合いしちゃだめよ」
説教口調で祖母に言われ、華子はこくんとうなずいてみせたが、その表情は暗い。
「顔色、悪いんじゃない?」
母に心配され、華子は青息吐息で「大丈夫」を連呼するが、まったく大丈夫そうではなかった。実のところ今日この場に招こうとしていた恋人とは、ついさっき別れてきたところなのだった。一方的に、華子がフラれた形である。
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