タネを伊勢丹で売らないわけがわかった
「えーと、タネ、タネ。野菜のタネはどこかな……」
きょうも私はホームセンターに来ている。
以前はほとんど来ることのなかった店だが、農園を借りてから、もう3度目だ。伊勢丹新宿店へ行くより頻度が高くなってきたぞ。
いっそ野菜のタネも、伊勢丹で売ってくれたらいいのに。2階で靴買って、5階あたりでタネ買って、地下に降りて仙太郎のぼた餅を買って帰るなんて、アーバンファーマーっぽくていいじゃない。
「おー、あったあった」
タネ売場を見つけて一瞬興奮したが、すぐに冷めて、「ふーん」と思った。
はっきり言おう。野菜のタネ袋のデザインは、ぜんぜんいけてないのだ。
しかも、どんな野菜もパッケージはそっくりで、ちっともかわいくない。これじゃあ伊勢丹で売るわけがない。
大人の事情で日本のものは紹介できませんが、ソウルで見かけた野菜のタネです。日本のタネ袋もこんな感じ。
気を取り直し、「えーっと、何をつくろうかな。おっ、エダマメだ」と腕をのばしたが、「ん?」とその手がとまる。
となりも、そのまたとなりも、ずっとエダマメのタネがならんでいる。スーパーで「エダマメ」として売られている野菜に、いくつも種類があるではないか。
「そっか。これが“品種”ってことか」
何がちがうのかとタネ袋を見比べると、豆が緑色とか茶色とか、収穫まで早いとかじっくり育つとか、さやに生えている毛が黒いとか白いとか書いてある。
「犬にもプードルやチワワがいるのと、同じだな」
と納得はした。しかし、犬ならともかく、エダマメの毛の色なんて、何が重要なんだろう。
「それにしても……」
私は、あることに気がついた。エダマメの品種名は、みょうに艶っぽいのである。
・湯上がり娘
・なつのまい
・おつな姫
おそらくこれは、男が考えた名前だな。
タネ業界のおじさんたちは、「オヤジの風呂上り」ではなく「お姉さんの湯上り」というイメージでエダマメを売りたいらしい。
「そんな思惑にはのせられないぞ」と、私が選んだエダマメは、「味源(あじげん)」という品種だった。理由は単純、
“3粒入りのサヤがたくさんできる”
とタネ袋に書かれていたからだ。毛の色より、収穫量でしょ。
江戸時代、枝つきのままゆでたので「エダマメ」の名がついたそうです。
エダマメに限らず、野菜の品種名にはおかしなものが多い。いま売られているものから、いくつか紹介しよう。
まずは菜っぱ類。まじめに考えているとは、とうてい思えない。
・たべたい菜
・よかった菜
・うまい菜
トウモロコシの品種は、とにかく輝いている。
・おひさまコーン
・キラキラコーン
・みわくのコーン
キュウリの品種名には、首をひねってしまう。
・なるなる
・ピノキオ
・イボ美人
「筋肉ゴーヤマン」はゴーヤーで、「なべちゃんネギ」はネギ。
「ハットリくん」は葉ダイコンで、「カメハメハ」はスイカだ。
売り場で見て思わずふいたのは、「こまつみどり」と、「さつきみどり」だった。
若い方はご存知ないだろうが、小松みどりと五月みどりは、どっちも歌手や女優をしている姉妹だ。
しかしタネの世界では、「こまつみどり」はコマツナで、「さつきみどり」はキュウリなのである。
なんと、「さつきみどり」には「さつきみどり2号」もいて、こっちはインゲンだ。
これはキュウリとインゲンがたまたま同姓同名だったと考えればいいのか? だいいち「二号」って、妾かよ?
笑いながら、こまつみどりをカゴに入れたが、「まてよ」と思い直した。
「家庭菜園なんて、どうせすぐにあきるんだから」と、夫にも友人にも言われつづけているのだ。こんなオモシロ戦略に踊らされているようじゃ、地に足のついた菜園家になれないぞ。
私はタネ袋の表示を熟読し、「育てやすさ」と「収量」を重視して、品種を厳選した。
エダマメのタネと芽に驚愕
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