赤い絨毯

最終回】サルビアの花

【前回まで】初めてできた友達・Kくんの家にお呼ばれし、遊びに行った「俺」。しかし、遊んでいるうち癇癪を起こしたKくんに、家を追い出されてしまいます。大切な『義経千本桜』を踏みにじられ、再びクラスメートから無視される学校生活が始まった「俺」は、決して逃げないことを決心しました。そして、時は流れます。

 俺の人生の中でも一番静かな一年が過ぎた。クラスメートとほとんど会話を交わすことなく、諦めきった表情の教師は、ただ俺が学業に打ち込む姿を見て、少しは俺のことを理解してくれたようでもあった。俺は学校には通ったが、魂はクラスに存在しなかった。

 六年生の冬休みに秋田に別れを告げ、俺は東京にいる大叔父の家へ入った。大叔父は金持ちではあったが子供がなく、養子に入ることになったのだ。婆ちゃん母さんの苗字から変わるのが心残りではあったが伯父や婆ちゃんの配慮であった。長く長く、あばら家の中で伯父や婆ちゃんと話し合った。それはともかく、大曲は良い街だった。秋田は離れづらかった。俺はかの地が、あの厳しくも美しい、深い四季が大好きだったのである。いろんなことはあったにせよ、自然は雄大で、婆ちゃんや、爺ちゃんの書庫などどうにも離れ難かったが、俺は良い中学を受験し、勉強に打ち込みたいという意欲が勝った。何より、公立中学にいっては、またあのクラスの連中と顔を合わせることになり、ここにいると俺の未来は閉ざされる。子供ながら、はっきりそう思った。六年生の夏ごろから、大叔父が送ってくれた受験用の参考書を貪るように読んでは、繰り返し解いた。ずっと自習を続けてきた俺にとっては、どれも簡単なものばかりであった。俺は、いまでも俺の人生を開いてくれたのは爺ちゃんの書庫と、婆ちゃんの飯だと思っている。脳みそ一杯に文字を、胃袋一杯に飯を喰って、山々と共に暮らした、とても静かな一年だったのである。

 去り際、婆ちゃんが何度も何度も「またけ。またけ」と言う、意味は「また来い」である。俺も、何も人生の別れじゃあるまいし、何度でも大曲に帰ってくるからと本気で言って、大曲駅から東京へ向かった。ところが、実際大曲は遠かった。中学生がそう簡単に年何度も往復できるような土地ではないのである。最初のうちは、何度も婆ちゃん恋しさに電話をしていた。意中の名門中学に無事合格し、思う存分に勉学に励める環境となって、また同じく勉学に勤しむ友人と純粋な人間としての付き合いができるようになると、だんだん電話口の婆ちゃんを思い浮かべる機会も減っていった。

 大学受験に強い進学校ではあったが、俺はその中でもトップクラスの成績を取るほど勉強ができた。何しろ、友人関係をすべて断ち切り、ただ好きな学問に打ち込み続けた幼少時代を送ったのが俺である。進学校では成績が正義だった。周囲から認められるということがこんなに嬉しいことであることを、人生で初めて知った。まるで、婆ちゃんと夜な夜な長話をしたように、俺はクラスで学ぶ方法について友達と議論し、未来の夢を語った。俺が中学に上がり、一度手紙で友達がたくさんできて勉強しているという内容と共に写真を送ってやると、婆ちゃんはすぐ電話を呉れて、何度も「良かったね。良かったね」と涙声で言ってくれた。無論、喧嘩もする友達ではあったが、大学を出てもなおいまだにクラスメートとは友達関係は続いてもいる。友達は、宝物だ。

 結局、中学一年と三年のころに二度だけ夏休みに大曲に帰っただけで、また、俺は俺で大飯を喰いずいぶんと成長して学校中で一番身体が大きかったものだから、そんな大きくなった俺を見て婆ちゃんが爺ちゃんに似ていると言い出し「うちの子だ。うちの子だ」と喜んでいた。確かに爺ちゃんは大柄だったという。中学三年の夏に大曲を訪れ、婆ちゃんのあばら家に泊まり、それが、婆ちゃんとの最後の夜になった。

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赤い絨毯

山本一郎

【著者より】  「『大人が読んで、心がゴトゴト動く童話』を紡いでいきたいと思います、パッチを当てて貼り合わせたものではない、縫って繋いだものではない、過去からいまへ繋がる道のりを、穏やかに書き綴りたいのです。  それは、捨てて...もっと読む

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コメント

morioyuriko 赤い絨毯/山本一郎 【 最終回】サルビアの花 https://t.co/HPCzWSkpGl 2年以上前 replyretweetfavorite

mtakasurf ええ話や(T_T) 約4年前 replyretweetfavorite

y_gurizou 子供の頃の孤独ってこうだったよなあ、と遠い記憶を引き出されてナイター: 約4年前 replyretweetfavorite

tsuna_kiti 読んでた: 隊長相方とお子さんたち出来てほんまよかったやでな(´;ω;`) 約4年前 replyretweetfavorite