第2回】「オワコン」になりかけていた近大マグロ

近畿大学の躍進を決定づけた「近大マグロ」。不可能と言われていた研究成果をどう大学のブランディングに活かしたのか。改革の仕掛け人・世耕石弘氏の語る「やり通す力」とは。

川上 『1行バカ売れ』でも書かせていただきましたが、やはり近大の近年の躍進を決定づけたものに世界初のマグロの養殖成功があると思います。そして養殖までの素晴らしいストーリーを、「近大マグロ」というネーミングで売り出したところに、近大広報のうまさを感じました。

世耕 ネーミングに関しては自然発生的に生まれたものです。しかし、あれも本当は2002年には成功している事柄なんですよ。近大が稚魚から出荷まで生育したマグロに対しては「卒業証書」をつけるというアイデアも当初からありました。

川上 しかし、近大マグロのお店ができて、広告に使い始めるようになってから爆発的に認知度が高まった印象を持っています。世耕さんが近大に入られた時、すでに「近大マグロを近大のブランディングに活用していこう」という気運はあったんですか?

世耕 いえ、むしろ逆で、当時はすでに「オワコン(終わったコンテンツ)」扱いでした。大学案内にもマグロのことは一切書かれていなかったので、不思議に思って担当者に聞いたら「えっ? もう3年も広報したから十分じゃないですか?」って。
 でも私は、父や兄から水産研究所のことはずっと聞いていて、この養殖技術は本当にすごいことだと思っていました。一方で、たとえ学内で散々盛り上がった後だったとしても、外の人間はまだ誰も知らないとも思ったので、そこからまたマグロを広報で押し出していくことにしました。

川上 身近なもののよさ、本当の素晴らしさは中にいると案外気づかないものですよね。地域活性化において「よそもの・ばかもの・わかもの」という既存の価値観にとらわれない人たちが必要だという話があります。同じように、外の視点を持った世耕さんだったからこそ、それが売りになると直観できたのかもしれません。

世耕 ちなみに、マグロを提供するお店の名前をそのまま「近畿大学水産研究所」にしようというのは、当時理事長をしていた世耕弘成(現・経産大臣)の発案です。当初は「マグロ食べたいと思った人が調べたら和歌山の研究所の住所が出てくる、それでええんかいな」と不安もありましたが、今は検索すると和歌山にある研究所そのものより、大阪や銀座のお店が上に来ます(笑)。研究を社会に還元するという近大の理念を示した成功例となりました。

批判に晒される時は、いつも歴史を振り返って考えた

川上 他に近大の改革といえば、やはり「エコ出願」ですよね。これはかなり画期的な取り組みだったのではないかと思います。すべてネット出願にしようというアイデアは、どこから出てきたのですか?

世耕 これは直感的でしたね。私が大学受験をしていないからかもしれませんが、願書のあまりの細かさに驚いたことがきっかけでした。
 「どうしてこんなに細かいことを紙でやる必要があるんだ、ネットでやればいいじゃないか」と言ってみたんですが、大学の世界にずっといる人達は、みんな「願書というのはきちんとした文字で手書きで書くものだ」と言うんです。
 だけど、実際にそのきちんとした字で書いているはずの願書を見てみたら、みんな大量に出しますから、もうぐちゃぐちゃな文字なんですよね(笑)。
 大学側の人間が言う理想に反して、実態としてはこの状態。だから私には手書きである意味がまったくわかりませんでした。ただ、いきなり変えてしまうと反発も大きいだろうと思い、ずっとタイミングをうかがっていたんです。そうしているうちに、大学業界における教授会の存在や、近大内部のパワーバランスもわかってきて「これは他の大学には絶対にできないだろう。けれども、うちならできるかもしれない」という確信も得られました。
 近畿大学は今年で設立91年になりますが、他の大学の長い歴史に比べればまだまだ短いものです。だからこそ、伝統を誇る必要もないし、昔からのしきたりに縛られることもないというのが強みだと思っています。
 もちろん広報の側面でも、大学に入るうえで誰もが触る願書が完全ネット化するということで「斬新なことをやる大学」として見てもらいたいという狙いもありました。

川上 とはいえ、それまでずっと決まった形だったものを大きく変えるというのは、すごい勇気ですね。

世耕 確かに勇気が必要なことではありましたね。周りからも止められました。
でも、何か新しいことをやろうと思ったら批判する人というのは必ず出てくるものだと思うんです。 しかも、それが的を射たものならまだしも、批判することが目的になっているような人も一定数いますよね。だからそういう人の言うことは、もう聞かないようにしようって決めているんです。
 だけど、それでも精神的にストレスが蓄積されてくるんですね。だからそういう時には歴史を振り返って考えるんです。


川上
 歴史ですか。

世耕 そもそも願書ができた時にはインターネットがなかったから紙の形式になったわけなのに、新しい技術ができた今、それを一切否定しているのはどうかなと思いますし、入試ではマークシート方式を導入したりと強烈なイノベーションを起こしているのに、願書に関しては「既存の方式に乗っかっていれば安心」というのも一貫性がない。手書きにこだわる部分に関しても、丁寧さを求めるなら江戸時代の人達は墨をするところから始めていたわけで、それが万年筆に変わり、さらにボールペンに変わっていくことはそんなに問題があることだったのかと。
 結局問題としている部分は、大きな時代の流れとしてみたら、一過性のものなんですよね。

川上 確かに、入試の回答形式がマークシートに変わることを受け入れたことを考えれば、出願書がネット入力に変更されることぐらい、たいした問題には思いませんよね。本質的には何も変わっていないわけですから。

世耕 それに、世界的に見ても願書を紙で出しているのなんて、日本くらいのものなんです。これはなぜかというと、

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驚きの近大広報 世耕石弘×川上徹也

川上徹也

2013年、志願者数日本一を実現した近畿大学。その背景には、広報から始まる数々の改革があった。仕掛人である世耕石弘氏にコピーライターの川上徹也が聞いた、驚くべき宣伝手法。全四回(9月21日、28日、10月5日、12日)。

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