プログラマーが探偵小説を書いてみたら、傑作だった件【前篇】

犯人はプログラマー、探偵もプログラマー、書いた人もプログラマー! 情報社会の最先端を描いたミステリー『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』。作者の柳井政和さんは、フリーソフト「めもりーくりーなー」の開発者でもあり、noteでは漫画「番猫クロクロ」の連載もしています。松本清張賞の受賞を僅差で逃しながらも、作家デビューを果たした柳井さんと、先輩格(?)の海猫沢めろんさんが、プログラミングと小説の共通点、類似点、新たな可能性について語ります。

12年間、落ち続け、書き続けた

海猫沢めろん(以下、海猫沢) 実はぼくと柳井さんて、15年くらいですかね、ぼくがデビューする前からのつきあいなんです。そのころ僕は全然小説を書いてなくて、デザインの仕事をしていたんですけど、共通の友人が紹介してくれて……。

柳井政和(以下、柳井) 私がボードゲームを5、6個かついでめろんさんのお家を訪ねたのが最初です。阿佐ヶ谷の一軒家で、「妖怪ポスト」が玄関のところにあって

海猫沢 そうそう、まわり近所に嫌がられてました(笑)。その頃から柳井さんが小説を書いているというのは聞いていたけど、すごいよね。デビューするまでに何年?

柳井 12年です。新人賞に応募した作品が50作くらい。

海猫沢 もうすでにオレより書いてますよ(笑)。そもそもなんで小説を書こうと思ったんですか?

柳井 初めてお会いしたころに会社を作って、最初の1年はボードゲームを作っていたんですが、すぐ、在庫で部屋が一杯になっちゃったんです。それでボードゲームをあきらめて、シミュレーションRPGをiモード向けアプリで作ったら、ライセンス契約でいきなり月に何十万というお金が入ってくるようになった。それで、人生でポカンとヒマな時間ができたときに、物語を書きたいなと思って。マンガ家と小説家、どちらを目指そうかなと思いながら、ぼんやりと2ちゃんねるにマンガを投稿していたんです。

海猫沢 2ちゃんねるってマンガを投稿できるの?

柳井 画像のURLを貼って。それで、マンガは連載にすると完結するのに数年かかるし、小説の方が長い話を短い時間で書けるので、私、気が短いから小説の方がいいかなと思って、小説を書くようになったんです。

海猫沢 でも、よくやりましたよね、12年も。最初、新人賞に応募しはじめた頃って、何がダメだったんですか?

柳井 最初の頃はそもそも小説になっていなくて、読んでもらっていた小説好きの先輩に、「この10行はいらん、ここの20行はいらん」とページ単位でバツをつけられた。その後、別の友人に「小説なんだから視点をいれないと」と言われて。

海猫沢 えっ。視点がなかったの? 一人称二人称三人称がなかったってことですか?

柳井 それはあったんだけど、“カメラ”が固定されてなかったんです。

海猫沢 ああ、なるほどね。最初よくあるやつだ。

柳井 まさに、小説を書きはじめの人に必ずありがちな地雷を踏んでいた。それで、きっちり視点を意識して書いた最初の短篇が、KADOKAWAの日本ホラー小説大賞の最終候補になって、これが三年目です。

海猫沢 へえ。結構早かったですね。

柳井 いえ、そこからが長かったんです(笑)。最終候補に残った短篇は当時めろんさんに読んでもらったんですが、「もっとエンタメにしろ」と言われました。

海猫沢 確かにそうだった。僕が読んだ作品はホラーだったんですが、完全に「プログラミング感」があって、人間の感情をプログラミングし忘れてるな、と思った(笑)。今回、『裏切りのプログラム』を読んだら、ミステリーだし、人間の感情もちゃんとインストールされてる(笑)。

柳井 八年目くらいから、予選はだいたい突破できるようになったんですけど、実は去年も松本清張賞の最終候補に残って、その時は選考委員全員に「人間が描けてない」と言われました(笑)。

海猫沢 出た!よく言われがちなやつだ。「人間が描けてない」問題。

柳井 そうか、人間が描けてないのか。じゃあ、人間を描いてみよう、と思って書いたのが『裏切りのプログラム』だったんです。

プログラムはデバッグできる、小説はできない

海猫沢 その「人間が描けてない」って別の言い方をするとなんだと思います?

柳井 まず冒頭、主人公に関する説明がゼロだった、ということだと思います。

海猫沢 記号的ってことですか。

柳井 完全にそうでした。昨年の応募作は「T2」という脱出物だったんですが、主人公はゲームのキャラと同じで色がついてない、人間じゃなくて記号だった。

海猫沢 僕は「人間が描けてない」批判というのはだいたい「共感できない」ってことを言っていると思うんです。昔、新本格の人たちが出てきた時に上の世代の作家や批評家がそういうことをさんざん言っていたわけですが、読者としては「え? 描けてますけど? ていうか、人間ってこのぐらい“記号”じゃね?」と僕は思ってた。

 それは、当時の僕が描かれていた人物に共感できていたからでしょうね。そこは読者の側の問題で、年齢が幅広くなればなるほど共通感覚がないから、わからなくなっていく。

柳井 そういう意味では、若い人との共通感覚も難しいんですよね。ラノベにも応募したんですが、評価シートに「高校生はこんなことを考えません。いいお歳ですので一般文芸に行かれたらどうでしょう」と書かれました(笑)。

海猫沢 うわ、やだな。辛辣ですね。っていうか、柳井さん、ラノベまで書いたんですか。

柳井 ホラー、ミステリー、SF、ラノベ……ジャンルを研究して書くのが大好きなんです。恋愛小説は無理だと思いましたが(笑)。

海猫沢 ジャンルごとのテンプレってあるじゃないですか。今回はミステリーだけど、参考にされた本はあるんですか。

柳井 今回は、ミステリーを書こうというより、人間を描けてない、というところのリベンジをしようと思って書きました。キャラの配置は完全に少女マンガのテンプレです。元気で活動的な女の子と、クールな男性という組み合わせですね。

海猫沢 確かに。でも、「呂布」ってあだ名の女の子は……元気すぎますよ! あんまりいない(笑)。この作品は書くのにどのぐらいかかっているんですか。

柳井 書き始めてから一通り書き終わるまでがだいたい3週間でした。

海猫沢 ふーん……え、3週間? 早い! めっちゃ早い。

柳井 早すぎだと編集さんに怒られました。「もうちょっとじっくり書いてください」って。でも、そこからどんどん文章を直していったんです。

海猫沢 僕は直すのが苦手で、直すくらいなら全部削る方向なんですよ。直してもよくならないというか。

柳井 私は全然苦にならないですね。どんどん足していく感じです。ただ、プログラムはコンパイラを通らなかったらバグ、ってことで、検証がしやすいんだけど、小説は人に読んでもらって、おもしろくないと言われないと、自分が間違っていることに気づけない。。

海猫沢 しかも、読んだ人がバグってることもありますからね(笑)。

柳井 ただ、何らかの違和感を持っているわけで。だから、プログラムの方が楽ですね。ツールを取りそろえれば、ほぼバグは取れますから。

海猫沢 柳井さん、自分でもそういう小説の校正ツール作ってHPで公開してますよね。「単語近傍検索」「こそあど確認」「文末重複確認」とか。あれ、すごくいいと思いますよ。校閲の方の指摘の中には、Wordの校正ツールと結構レベルが変わらないときがあって、最初にああいうツールで成形しちゃえば、相当作業が減る気がします。

柳井 私が一番よく使っているのが、「Just Right!」という、ジャストシステムの市販ソフトで、これにかけると誤字脱字、表記ゆれまで機械的に全部指摘してくれるんですよ。これを導入してからずいぶん楽になりました。

海猫沢 へえー、すごい。

柳井 自作のツールでは「画数ヒートマップ」が面白いですね。漢字などの画数の多い文字を赤、かななどの画数の少ない文字を青で表示して、そのバランスがわかるんです。漱石の「吾輩は猫である」に使うと、赤と青がきれいにほぼ半々ぐらいのバランスで文章が続く。口語を小説に普及させるという運動をしていた時期だから、漢字とかなのバランスをものすごく意識的に整えているのがわかるんです。これって、たぶんその人の文章の「指紋」なんだと思う。

海猫沢 ああ、おもしろいなそれは。読点の打ち方なども「指紋」と言えそうですね。息つぎのしかたが出るというか。僕は高校生の頃に作家になりたいと思った時、最初は村上春樹を模写したんですよ。そうすると、どれくらいで漢字をひらいているとか、改行のバランスとか、体でわかるんです。

柳井 “写経”は大事ですね。スポーツと同じで、うまい人を真似るところから始める。私もやりました。ただ、私が一番読んでいたのは司馬遼太郎先生だったので、安易に真似できるタイプではありませんでしたが……。


構成:文藝春秋出版局 撮影:平松市聖 協力:B&B

情報社会の最先端で、過酷な日常を生きるエンジニア(IT技術者)たちの、ブラック&リアルなミステリー

この連載について

ハッカー探偵誕生—柳井政和×海猫沢めろん対談

柳井政和 /海猫沢めろん

犯人はプログラマー、探偵もプログラマー、書いた人もプログラマー! 情報社会の最先端を描いたミステリー『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』。作者の柳井政和さんは、フリーソフト「めもりーくりーなー」の開発者でもあり、noteで...もっと読む

関連記事

関連キーワード

コメント

uminekozawa 苦節12年。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

Favi_ty https://t.co/ak6fP2j1Ms 「人間が描けていない」というのは僕も良く口にするけど、この文脈とは違うなぁ。 だって、星新一の作品は概ね登場人物は記号的だけど、「描けてる」でしょ。 約1年前 replyretweetfavorite

chibashin28go 文章を成形するのにツールを使うのが斬新。機械的に。 "" 約1年前 replyretweetfavorite

mizunotori #作家 #対談 約1年前 replyretweetfavorite