待ち合わせ場所は井の頭公園前の「カフェ 飛行船」。
人気メニューの「ラピュタのクリームソーダ」をすすりながら、男はぼーっと宙を見ている。
背後から声をかけると、大げさに肩をあげ「わっ」と驚いた反応が返ってきた。
「あ、メールをくれた方ですか? はじめまして、生駒大輔といいます。」
大輔は、目を見開いたり、鼻の穴を膨らませたり、どこか落ち着かない様子だった。
「わざわざ、こんな遠くまで足を運んでいただいてありがとうございます。土曜日は、いつもここで彼女の仕事が終わるのを待っているので申し訳ないです。でも、百鳥さんの話を聞きたいというので迷ったんですけど、彼女に話したら、別に構わないということなので……」
そう言って「カフェ 飛行船」のカウンターからのぞく彼女の横顔を確認した大輔の頬は、自然とゆるみはじめていた。
「最後に会ったのですか? ……半年以上前ですかね。かなり変わった人だったから、印象に残ってますよ。 どんなところって? はじめは俺もよくわからなかったけど、いまの彼女と出会ってわかったんです。何がわかったか?
あの人の“違和感”です」
そのとき、ドアを開けて、親子連れがやってきた。土曜日の午後。すぐ近く井の頭公園は、親子連れで一杯だ。カウンターに座っていた彼女は、さっと立ち上がると母と子の親子連れを奥の席まで案内した。子どもはまだ5歳くらいの男の子で、少しグズっている。母親はムスっとして、男の子を慰めようともしない。よくあることなのだろうか。
すると彼女は、男の子と同じ目線の高さになるようにしゃがみこみ、そっとポケットからあめ玉を取り出すと、母親に向かって言った。「これ、飛行石キャンディーです。このカフェの手作りで、お子さんには無料でプレゼントしてるんですよ」受け取った男の子はまたわかりやすく笑顔になった。「ママ、見て! すごくない? 青くて透明だよ、すげぇ綺麗」と、グズってた男の子はあっという間に上機嫌だ。キャンディを窓側にかかげて太陽の光をかざして楽しんでる。母親は子どもをあやす手間が省けて嬉しかったのか、笑顔で軽く会釈した。彼女は注文をとり終えると、男の子に軽く手を振りながらカウンターに戻っていった。
大輔の視線はずっとその彼女を追っている。
「あぁ、そうです。彼女が今の恋人です。『直感より違和感をダイジにしてる』これ彼女の言葉です。
俺、あまりそういうこと意識して生きてこなかったけど、それからなんかものすごく考えるようになったんです。違和感ってやつ。
百鳥さんは、「直感をダイジにしてる」ってよく言ってました。そのときは、『へぇ〜』くらいにしか思ってなくて。だって男なんてそんなもんじゃないですか? 直感とかよくわからないけど、好きは好き、みたいな。
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