■レコーディングスタジオへ
アフレコとはアフター・レコーディング(AR)のこと。先に完成している映像に対して、後から声優さんのセリフを録音するのです。『ゼーガペインADP』では主なシーンを七月の土日二日間、両日ともに朝十時から夜七時過ぎまで、都内某所のレコーディングスタジオでアフレコ作業が行われました。
昼前から夜まで、午後四時頃に短い休憩があるくらいで、ほとんどぶっ通しでレコーディングです。お忙しい声優さんが多く、ここで一気に録音する必要があったのです。同じくスケジュールの関係で別の日にも録音の方もいらっしゃいました。『ADP』が二時間作品として、アフレコではその十倍の時間がかかったことに。ただこれくらいのアフレコ時間は映画としては一般的なようです。
■アフレコ現場の緊張と緩和
ぼくはレコーディングスタジオもアフレコ現場も初めて。好奇心に駆られつつ、しかしアフレコ現場の濃密な雰囲気に圧倒されていました。
というのも、打ち合わせでは内容がまとまらなければ次回に持ち越しということもできますが、アフレコではまさにこの瞬間に作品の一部が確定するわけです。声優さんがセリフを言うあいだも、それを調整室で聞き直すあいだも、非常に密度の濃い緊張感にスタジオが満たされていたのでした。
監督と音響監督が確認してオッケーが出ると、ふっとみんなの雰囲気が和らぎます。飲み物や軽食は用意されていて、そういうときにちょっと口にするのでした。ブースにも声優さんたちが持ち込んだ色々なお菓子が。
監督や音響監督ほかスタッフは調整室に、声優さんたちはブースにいます。ふたつの部屋は隣り合っていて、あいだには防音ガラスがあり、互いに見ることは出来ますが、互いの声はスピーカーがオンのときだけ聞こえます。
ブース奥の壁にはディスプレイ二枚。他の壁には二十脚ほどの椅子が並んで、部屋の中央にはマイクが四本立っています。ブースに向かって調整室の中央には音響監督、その前に三人のスタジオスタッフが音響機材を操作します。部屋の一番後ろに下田監督や松村プロデューサー、設定制作の泉さんとプロモーション担当の渋谷さん、それからぼくが座っていました。
■キャストのみなさん
『ADP』は長編映画。テレビシリーズ『ゼーガペイン』の登場人物にさらなる新キャラも加わって、『ADP』では総勢60人以上がキャストとして参加されています。主人公ソゴル・キョウ役の浅沼晋太郎さんやその幼馴染カミナギ・リョーコ役の花澤香菜さん、そしてダブルヒロインである先輩ミサキ・シズノ役の川澄綾子さんはほとんど常にスタジオにおられて、シーンごとの出番に合わせて他の役の声優さんたちが来られました。いつもブースと待機スペースに20人以上はいたかと思います。
ちなみにプロモーション担当の渋谷さんはかつて、川澄綾子さんが主人公ラフィールを演じた『星界の紋章』の制作進行をしていたとのこと。ぼくは『ゼーガ』ファンであると同時に、『星界』ファンでもありますので、いずれ渋谷さんには詳しくお話を聞きたいと思います。
録音台本:著者撮影
■マイクさばきの美しさ
さて、いよいよアフレコが始まります。一人二人で話すシーンもありますが、長いシーンだと十人以上が同時に出演することもあります。マイクは四本なので、複数の声優さんが自分のセリフを言っては次の人に交代していく、いわゆる《マイクさばき》も見ることができました。
一人が同じマイクを使うというわけでもなく、脚本の流れに合わせて、前のセリフのときとは別のマイクを使うなど、みなさん臨機応変にブース内を動き回ります。しばらくセリフがないときは壁沿いの椅子で待機です。一本のマイクの後ろに三人四人と並んで、乱れることもなく複数人数の会話が進んでいくのは壮観でした。
声優さんたちはみなさん親しくされていて、またアフレコにも慣れておられるので、特にどのマイクを使うというような話し合いもなく、阿吽の呼吸でマイクさばきは行われていくのでした。
■ブレスの位置とSF設定
録音したものを調整室で確認しているあいだ、ブースでは声優さんたちが互いのセリフについて意見交換をしています。
録音台本に書かれたセリフは、音楽における楽譜のようなもの。現場で実際に音声にする際には、イントネーションその他を決めていかねばなりません。録音前の打ち合わせで声優さんから意見が出ることもあれば、実際に録音してみた後で調整されることもあります。
たとえば『第四種トホーフト変換』というSF用語があったとして、これをどう読むかはSF設定で決めなければなりません。トホーフトは実在の物理学者です。その名がついた変換の四番目という意味のSF用語であれば、息継ぎをブレス記号∨で表すと、『第四種 ∨ トホーフト変換』となります。トホーフトが何種類もいて、四番目のトホーフトが別種のものに変わったということなら、『第四種トホーフト ∨ 変換』です。
ブレスの位置や長さはセリフの意味や聞きやすさに大きな影響を与えます。アフレコ中、多くのセリフでブレスの微調整が行われていました。
■セリフの意味と長さについて
初めの頃の打ち合わせでぼくが《超幾何級数型量子遮蔽》という単語を提案したものの、セリフで発声されると意味が伝わりにくいということで、却下されたと第0回で書きました。しかし、以降ぼくが提案して採用された単語のすべてが、意味が伝わりやすいものかというと、そうでもありません。
©サンライズ・プロジェクトゼーガ
これは下田監督に教えていただいたことですが、見ている人が不思議に思ったり後から調べてみようと思ったりするような単語も作品内には必要不可欠なのです。特に『ゼーガペイン』は幾重にも謎を張り巡らせており、SF叙述トリックとしても見ることができる作品です。セリフの単語ひとつにも繊細な工夫がなされているのでした。
さて、《超幾何級数型量子遮蔽》の問題点は、単に音になったときに「ちょうきかきゅうすうがたりょうししゃへい」の意味が掴みづらいだけでなく、長過ぎてセリフに入れにくいことも大きかったと思います。
もちろん声優さんはみなさん高度な技術を持っているし、映像もセリフに合わせた長さになっているので、長くて言い終えることができないということはありません。ただ早口になってしまうときには、その場でセリフを減らすというのは今回のアフレコ現場でも何度かありました。ほんの数文字でもかなり印象が変わってきます。
■文字数とSF設定
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