牛のアレと腐った葉っぱに大枚をはたく

100㎡の畑を借り、ホームセンターで土を耕す道具を手に入れた金田さん。さて、次は何をしたものかと野菜作りの教科書を開いてみると、目を疑うようなことが書かれていて……。
家庭菜園をはじめた夫婦のドタバタな日々をユーモアたっぷりにお届けします。

牛ふん堆肥を400キロ!?

「計画なんて、めんどうだよ。適当にタネまいちゃだめなのかな?」

勉強のために買った『やさいの時間』というNHKのテキストには、 “作りたい野菜をリストナップして、畑の広さにあわせて作付け計画をたてましょう” と書いてあった。あらかじめ、育てる場所を決めておけというのだ。

書店で野菜作りが学べる本を立ち読みしていて知ったのだが、NHKで、野菜作りを教える番組を放送中らしい。そのテキストが、初心者の私にはいちばんわかりやすかった。

「だめだめ。そんなことしたら、耕作放棄地と間違われるよ。耕作放棄は、契約違反だからね」

夫は、やるからにはきっちりやりたい性分だ。

やむなくテキストを参考にプランをねることにしたのだが、「1坪 ミニ菜園プラン」から「30㎡ 本格家庭菜園プラン」まであるのに、

「おーいNHK、100㎡がないぞ」

「あるわけないよ。広すぎるんだって」

「じゃあ、とりあえず30㎡を3倍にしとく?」

そう提案したのだが、夫は口をへの字に曲げてだまっている。菜園家になる運命を、いまだに受け入れられないようだ。

「元気出しなよ。計画より、まずは土作りだよ」

夫の肩をたたくと、私はテキストを読み上げた。

「えーと、『土に完熟牛ふん堆肥と腐葉土を混ぜろ』だって。ん? 意味がわかんないぞ。牛ふん堆肥って、牛のうんこだよね。それが完熟って、どういうこと?」

私の知っている“完熟”は、トマトの水煮缶だけだ。

ますます沈んでいく夫を無視して読み進めると、その完熟牛ふん堆肥と腐葉土は、1㎡当たり3~4キロ混ぜろとあった。

「ということは、うちの畑にはどれだけ混ぜればいいの?」

「400キロだよ」

夫の声には感情がなかった。

「400キロ~!?」

一瞬気を失った。

「ありえないよ。どこで買うの? いくらするの? 車で運べるの?」

夫はこの世の終わりのような顔だ。無理もない。愛車に牛のうんこをのせるだけでも悲劇なのに、それが400キロだなんて。

さすがに私も、「こりゃあたいへんだ」と気づいたが、難問にぶつかったときは、奥の手がある。別の楽しいことをして、現実は先延ばしにするのだ。

「このことは忘れて、土を耕そう。備中グワも買ったことだし!」

テキストを放り出し、クワとスコップを持って、私は夫をなぐさめながら畑に向かった。

さあ、はじめての耕作だ。やり方は『まんが日本昔ばなし』で見て、知ってるぞ。

「おりゃー」っとクワをふりあげ、ざくっと打ち下ろす。そうして土を引き起こしては、畑をフカフカにするのだ。

開始して、ものの5分。牛のうんこの悩みなど、私はすっかり忘れてしまった。無心で土を耕すことが、これほど気持ちがいいなんて! 何より、初めて見る夫の農夫姿にほれ直してしまったのだ。

荒い息。したたる汗。もりあがる筋肉。夫の魅力を忘れてしまっている世の奥さんは、夫婦で畑をするべきだよ。

「オット、カッコいい!」

私はこらえきれず、夫の背中に抱きついた。

「じゃまだよ!」

いまでも、畑を耕す夫の背中が大好きです。

世界中で買い物をしてきた私だが

翌週。現実から逃げきれなくなった私は、ついに牛ふん堆肥と腐葉土を購入した。

その後の学習により、1㎡当たり堆肥と腐葉土を合計3~4キロ混ぜればよいとわかり、牛ふんを400キロも買う必要はなくなったのだが、それにしてもすさまじい量だった。

金額は、“3万以上4万未満”と言っておこう。バブル時代にビザカードを作って以来、世界中で買い物をしてきた私だが、まさか牛のうんこを買う日が来るなんてね。

「お支払回数は?」

「一括で」

サインをしながら、涙がにじむ。

「服を買うならともかく、牛のうんこと腐った葉っぱに、こんな大枚はたくなんて……」

「野菜買ったほうがよっぽど安いね」

夫が軽蔑の目を向けてくる。

これがざっと畑半分用の牛ふんと腐葉土。私の畑は更地だったので、しっかり土を肥やす必要がありました。

幸い、牛ふん堆肥は臭くなかった。さらさらしていて、もはやうんこではない。これがNHKの言う“完熟”なのか。

「こんなもの、ぼくの車にはぜったいに乗せない」

夫が愛車での運搬を拒むので、ホームセンターで軽トラを借りることにした。

「おお、いまどきの軽トラは、オートマか。ぼくはこれで東京に出てきたんですよ」

ハンドルをにぎった夫は、ちょっぴりうれしそうだった。夫は軽トラに家財道具を積み、長野から上京したらしい。

私は、高級車からスポーツカーまで、さまざまな助手席を経験してきたが、こんな車に乗るのは初めてだ。足元にサキイカの袋が落ちているし、灰皿は吸いがらでいっぱいだし、はじめはおかしくて笑い転げていたが、硬いベンチシートに揺られ出すと、たちまち思い直した。

「これは、私の乗るべき車ではないぞ」

「そうだろ? ぼくたちシティー派だろ? やめようよ、畑なんか」

「いまさら何言ってんの? 白洲次郎と正子だって、畑やってダイコン作ってたんだよ!」

ホームセンターで借りた軽トラ。いまでは一台ほしいくらいです。

その牛ふん、どこで買ったんですか?  

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シロウト夫婦のズボラ菜園記

金田 妙

毎日、採れたての新鮮な野菜が食卓にのぼる。そんな生活に憧れる人は多いのではないでしょうか。自分で野菜を作れればよいけれど、畑はないし、仕事は忙しいし、週末は遊びたいし…。それでも、思いきって家庭菜園の世界に飛びこんでみたら、おもしろい...もっと読む

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