幸せな挑戦

第3回】 「サッカーという仕事」の重圧

「非エリート」である中村憲剛選手が、日本代表まで上りつめることができたのはなぜか? ――中学、高校、大学とステージが上がるたびに、何度も壁にぶち当たり、そして乗り越えてきた中村選手。川崎フロンターレに加入し、プロ生活を歩み始めた当初も「大卒」故の焦りからか、なかなかパフォーマンスが上がらなかったようです。今回のcakesではプロ入り直後に中村選手が考えたことを、第3章「転機と積み重ね」よりご紹介。

 2003年に僕は川崎フロンターレに加入した。
 プロ一年目となるその年は、戸惑いとともに始まったといっていい。

 高校や大学に入学した当時は、自分と他の選手たちとのレベルの違いを思い知らされ、壁の高さに愕然とさせられたというのは、これまでに書いてきたとおりだ。しかし、フロンターレに入った頃には、レベルの違いを感じるといった以前の問題として、ひたすら緊張してしまっていたのだ。

 テレビで観ていた選手もいれば、外国人選手もいる。とくに僕と同期加入となったジュニーニョのプレーには圧倒された。しばらく経ったあと、ジュニーニョはJリーグの中でも特別な選手なのだと気づいたけれど(2004年にJ2で得点王、2007年にJ1で得点王にもなっている)、「こんな選手ばかりだったら、とてもかなわない」という気に、当時はさせられてしまった。

 そんなことも手伝い、場違いなところにいるような感覚になっていたのだ。自分のレベルがどうこうというよりも、そうした雰囲気にまず飲まれてしまっていたわけだ。

 自分自身にプレッシャーをかけすぎていたのもよくなかった。大卒で入団しているキャリアと年齢を考えても一年一年が勝負となる。即戦力とみなされなければ、一年でクビになるかもしれないと自分で勝手に決めつけていたのだ。そのため、少しずつ慣れていけばいいという感覚になれず、焦っている部分が強すぎた。

 また、当たり前のことだけど、プロに入ればサッカーは〝仕事〟になる。
 高校時代や大学時代と違って授業もない。マスコミ対応やファンサービスなどを別にすれば、サッカーの練習と試合をしているだけで報酬をもらえる。そんな環境に置かれていること自体が重圧になっていた。

 振り返ってみれば僕は、大学4年生のときには2部リーグでやっていたのだし、関東選抜にも入れず、プロからのスカウトもなかった。テストで入った自分がチームのなかで一番下になるのはわかっていたことだ。だとすれば、高校や大学に入学したときと同じように「ちょっとずつでも追いついていこう」と割り切ってやっていくのがよかったはずだ。そうはなれず、即戦力にならなければいけないと焦りすぎていたのは、ある意味、自分らしくはないことだった。

 とにかく最初の一週間くらいは練習をしていてもガチガチになっていて、考えられないようなミスなどを繰り返していた。あとから聞いた話だが、ある先輩選手はその頃、「この子、本当にやっていけるのか?」と心配していてくれたそうだ。

自分をレベルアップさせやすい環境

 それでも少しずつ緊張がほぐれてきて、自分のサッカーができるようにはなっていったのだろう。開幕直前まではBチーム(クラブ内の控えメンバー)に入っていたが、開幕戦ではベンチ入りのメンバーに選ばれのだから自分でも驚いた。そして、その開幕戦で途中出場できたことも自信につながった。

 それまでは自分がJリーグの中、あるいはチームの中で「どれくらいの位置にあるのか」ということばかり気にしていて、いいところを見せなければならないと余計な力を入れすぎていた。だけど、開幕戦で試合に出られたことによって、その呪縛が解けた気がした。焦らなくても、少しずつ力をつけていけば試合に出られるというふうに考えられるようになったのだ。

 その当時、ベンチに入れる控え選手は5人だったので(現在、J1は7人)、「いつ、ベンチから外されてもおかしくない」という危機感を持っていたのはその後も変わらない。それでも、精神的に縮こまってしまい自分のプレーができなくなるようなことはなくなった。そして、第五節のモンテディオ山形戦では初ゴールを決められたのだ。

 この一年間は結果的に、途中出場がほとんどながらも、全試合、ベンチに入ることができた。それによって、プロにおける一年間の流れを体で覚えられたので、本当にいい経験をさせてもらったと思う。

 フロンターレは、僕が入った初年度の2003年にはJ2で3位に終わり、翌2004年にJ2で優勝、2005年からはJ1に昇格している(その当時は、J1の下位2チームとJ2の上位2チームが次のシーズンに自動入れ替えとなるシステムだった)。

 大学を卒業する頃の僕がJ1のチームに入るというのはまず望めなかったことだけど、プロ一年目をJ1のチームでスタートさせるのではなく、J2の中で着実に自分をステップアップさせてからJ1に上がれたのは幸運だった。

 高校、大学もそうだったが、〝自分の身の丈よりは少し上の環境〟に身を置くことが、自分を成長させるには良い気がしている。所属するチームのレベルも、中学校以来、各カテゴリーの中で段階的に上がってきているし、そのたびに自分をレベルアップさせやすい設定になっていた。

 それぞれのチームを選んだのは自分だったとはいえ、そういう部分に関しては運がよかったと思っている。これ以上は無理だと考えてしまうと、本当にすべてが無理になる。「自分にできるのはここまで」というように限界をつくらずにやっていれば、着実にステップアップをしていける。


※次回は3月11日(月)に掲載予定です

 

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中村憲剛

全国大会に出場したのは小学校の時だけ。選抜歴も同じ小学生時代の「関東選抜」が最高キャリア。幼い頃から体も小さく、中学入学時の身長は「136cm」。ぶつかっては吹っ飛ばされ、自分よりスピードのなかったライバルに成長差から追い抜かれ・・・...もっと読む

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