横浜1963

俺は、この体に流れる血を憎みはしない

ついにソニーはキャンベルの犯行現場を目撃し、阻止しようとする。時を同じくして、ショーンも、罪の意識から命を絶とうとしているエイキンスを説得していた。2人は、かつての勇気ある軍人たちを救おうとしていた。

十一

「そのナイフを捨てろ!」
「嫌だね」
 キャンベルは不敵な笑みを浮かべると、ナイフを自らの喉元に当てた。
「よせ。死んだところで罪は償えないぞ」
「罪を償うために死ぬわけではない」
「ではなぜ、そんなことをする」
「ここに戦争はないからだ。俺はベトナムへの転属願いを出し続けた。しかしすべて却下された。米軍本部から、俺は米国軍人として役に立たないというレッテルを貼られたのだ。誰よりも勇敢だったこの俺がだ!」
「それは違う。話を聞け」
 ソニーは右手で銃を構えつつ、左手を前に突き出し、じりじりと近寄っていた。
「話など聞く必要はない。俺は、もうこの世では用無しだ」
「用無しの人間など、この世にはいない。あなたも、きっとReborn(再生)できる」
「そんなことはない。生まれ変わっても俺は変わらない」
 キャンベルの顔が悲しげに歪む。
「この血は──、この征服者の血は誰にも抑えられないんだ!」
「そんなことはない。あんたは勇気ある軍人だった。だが今は病気にかかっている。しかるべき治療を受ければ、病気は治せる」
「はははは」
 キャンベルが開き直ったかのように高笑いした。
「血をすべて入れ替えでもしない限り、俺は俺のままだ。つまり、あらゆる人種の頂点に立つ征服者の血を受け継いだ者なのだ」
「征服者の血だと。それはあんたの幻想だ。白人の中には人種的偏見など持っていない者もいる」
「それは噓だ。皆、心の奥底では有色人種を蔑視している」
「そんなことはない」
「お前に、それが分かるというのか」
「ああ、俺には分かる。俺の体の中には、どちらの血も流れているからな」
「この混血児め。お前のような者が増えていく世界など見たくはない」
 キャンベルは何かに陶酔したような笑みを浮かべると、何のためらいもなくナイフで喉をかき切った。
 傷口から鮮血がほとばしり、口から血が溢れる。それでもキャンベルは笑っていた。
 ──何ということだ。
 ソニーは顔を背けようとする己を叱咤し、キャンベルの最期を見続けた。
 キャンベルは膝をつくと、その巨体をゆっくりと倒していった。その顔には、息絶えた後も笑みが浮かんでいた。
 ──この男は、自分の呪われた血を、自分で抹殺するしかなかったのだ。
 ソニーは横浜港の方に目を転じた。
 ──これで、すべてが終わったのだな。

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