八
「私は弱い人間だ。だから神にすがろうとした」
エイキンスは手を前で組み、神に祈るように語り始めた。
仁川の傷も癒え、キャンベルは避難民収容の職務に就いた。エイキンスは暇を見つけてはキャンベルの許に通い、励まし続けた。
そんなある日、キャンベルが親身になって世話をしている韓国人女性の存在を知った。女性は北朝鮮軍の進出によって両親や兄弟と生き別れてしまい、米軍の許に逃げ込んできたという。
それからしばらくして、仁川ベース近くの川で女性の遺骸が上がったという情報が入った。もしやと思い、運ばれてきた遺骸を確認すると、キャンベルが懇意にしていた女性である。その遺骸は、ネイビーナイフで深く腹を抉られていた。
一通りの捜査は行われたが、犯人は不明とされた。避難民キャンプ内には韓国人も多くいる上、混乱の最中なので、捜査も通り一遍なのは仕方がない。
しかし女性の死を聞いたキャンベルは、さほどの悲しみも見せず淡々としていた。それがエイキンスには引っ掛かった。それから約三カ月後、同様の事件が起こった。
「つまり、キャンベルがやったということですか」
「彼の血は征服者の血だ。彼にとって軍隊というところは、極めて居心地のよい場所だった。何と言っても、人を殺して褒められる仕事だからな。しかし前線に出られなくなれば、彼の血は収まらない。つまり戦争で人を殺せなくなった鬱憤を、女性を殺すことで晴らしていたんだ」
「Oh my God」
その心理は、ショーンにとって理解し難いことである。
エイキンスによると、キャンベルが犯人であるという物的証拠はなかったが、すべての状況が、それを指し示していたという。
「キャンベルが犯人だと知って、あなたはどうしたのですか」
「私は、それが真実だと思いたくなかった。しかし、この惨劇を止めないことには、被害者が増えるだけだ。だが私には、命の恩人を糾弾する勇気がなかった。しかし三度──」
エイキンスの顔が歪む。
「三度、同じことが行われた時、私はキャンベルに問い質した」
「その時、彼は何と」
「奴は私に言った。『それがどうした』とね」
「何てことだ」
「私は茫然とした。そして自首を勧めた。しかし奴は『われわれは、韓国のために戦い、多くの将兵が命を落とした。韓国女の一人や二人、殺して何が悪い』と言ったのだ」
「何ということを」
白人の一部には、アングロサクソン系以外の人々を激しく差別する感情が脈々と流れている。それは表立っているわけではなく、また無意識裡のこともあるので、始末に負えない。
ショーンにも嫌な思い出がある。
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