横浜1963

こいつは長い夜になりそうだな

ソニーは、別の新しい事件の捜査を始めていた。
しかし、偶然立ち寄った伊勢佐木町のバーで聞いたボブ・ディランで、エイキンスの乗っていた車の中にあったカセットテープのうち、カントリー&ウエスタンとフォークが混在していたことを思い出す。
彼は車の貸し借りをしていたのであった。

 クルマの中にいても足先から冷気が押し寄せてくる。ソニーは、太ももやふくらはぎをさかんに擦り合わせて足を温めようとした。
 ──もう冬も近いからな。
 県警のコロナは、暖房をつけると車内に耐え難い臭いが広がる。車内に染み込んだ煙草の煙や体臭、はたまた食べ物のカスなどが、熱せられることで異様な臭いを醸し出すからだ。それなら、このくらいの寒さは耐えた方がましである。それでも真冬となれば、悪臭に耐えても暖房に頼らざるを得なくなる。
 腰のホルスターがシートに当たって座りにくい。ホルスターには、ニューナンブM60が入っている。万が一に備え、装備課に行って借り出してきたのだ。
 県警本部に戻り、上司である外事課長の大村に拳銃所持の許可を申請すると、嫌な顔をされた。それでもソニーは粘り強く状況を説明し、承認をもらった。
 大村の承認を得るまでに小一時間かかってしまったが、午後七時半頃には、米軍根岸住宅の正門近くにクルマを停めて張り込みを開始できた。
 大村に話をする前に、Golden Cupに電話をかけ、岩瀬和夫に最近、テンペストを見かけたか確認してみたところ、つい先日も見かけたという。つまりエイキンスは、誰かにテンペストを売り払うか譲るかしてベトナムに向かったのだ。
 ──その誰かが、この事件の鍵を握っている。
 和夫に、「自分が駆け付けるまで、テンペストが出てこないか見張っていてくれ」と頼むと、「ひゅー」と唇を鳴らして、「ようがす。兄貴」と言って引き受けてくれた。
 その時、「テンペストが出てきたらどうする」と問われたので、「自分のクルマで後をつけ、どこかに入ったらGolden Cupに戻って俺を待て」と指示すると、「アメリカの映画みたいだ」と言ってはしゃいだ。
 正門をじっと見つめていると、窓を叩く音がした。ぎょっとして横を見ると和夫である。
「兄貴、だちが来たんで、そろそろ行く」
「そうか。今日はありがとうな」
「ああ、ホシを追跡できなかったのは残念だけどな」
「そうならずに胸を撫で下ろしているよ」
 ひとしきり笑った後、和夫が言った。
「この埋め合わせは高くつくぜ」
「分かっている」
「それでも兄貴、俺はしっかり見張っていたぜ。つまりテンペストは、まだ基地内にいる」
 和夫が煙草をほしがる仕草を見せたので、「やれやれ」と思いつつソニーが両切りピースを差し出すと、和夫は礼も言わずに受け取った。
「間違いなく基地内にいると、どうして分かる」
 気持ちよさそうに一服すると、和夫が得意げに答えた。
「金曜に中で日本語スクールが開かれている。先週の金曜も、七時半頃にテンペストが出てくるのを見かけた」
「どういうことだ」
「どうやら奴は、日本人の先生を引っ掛けて連れ回しているらしいぜ」
「何だと」
 事態は切迫していた。
「待っていれば必ず出てくる。俺はもう行くけどな」
「分かった。すまなかった。あと一つだけ聞きたいことがある」
「何だい」
 その場から立ち去りかけた和夫が戻り、ソニーの乗るコロナの窓枠に手を掛けた。
「前に見せた式典の写真のことだ。今、テンペストを乗り回している男とは違う男だと言っただろう」
「俺は白人を見慣れているんだ。間違えるわけねえだろ」
 ソニーがショーンから借りたままになっている写真を取り出すと、それを手に取って凝視した和夫は言った。
「間違いない。こいつだ」
「そんなはずはない」
 和夫の手から写真を取り戻そうとしたソニーは、ようやく気づいた。
 写真はエイキンスを中央にして撮られているが、その横に半身になったキャンベルが写っている。写真の中に占める割合からすれば、キャンベルの方が大きい。
 ──待てよ。
 ソニーの心が波立つ。
「この男だろ」
「いいや」

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この連載について

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