横浜1963

Oversight(見落とし)

エイキンスを捕まえるまではいかなかったものの、日本国外への赴任になったことで、
捜査は終わりを迎えた。
そして、次の仕事に取り掛かろうとするソニーであった。

 日本時間の二十二日は、横須賀を出港して最初の夜ということもあり、輸送艦カーティス・クレイの船上で、艦長ら乗組員を交えてのばんさんかいとなった。
 晩餐会と言っても小さな輸送艦である。縦長のテーブルの一方にクルー五人が、片側にエイキンスやショーンら四人のゲスト、すなわちベトナム送りになった者たちが座るという、ささやかなものである。ゲストの中で最も階級の高いエイキンスには最上座が、最も低いショーンには出入口近くの最下座が与えられた。
 ビールやワインも出され、話は弾んだ。
 とくにベトナム情勢についてのやりとりは白熱した。
 艦長は三十五歳前後の海軍士官学校出身者で、案に相違せず強硬論を唱えていたが、それをエイキンスが、やんわりとたしなめる展開になった。
 ショーンは、にこやかな顔で皆の話を聞いていたが、それは見た目だけで、内心は「早く終わらないか」とばかり思っていた。
 これからのベトナムでの日々を思うと、とてもジョークを交わしながら、政治の話をする気にはなれない。
「サイゴンの治安は、日に日に悪化していると聞きます。坂口兵曹長はどう思われますか」
 機関長が水を向けてきた。ショーンが会話に加わらないことに気を使ったのだ。
「われわれは、命じられた職務を忠実にこなすだけです」
 気の利いたジョークを飛ばす気にもなれず、ショーンは優等生的な答えを返した。
「彼のように正義を愛する男がサイゴンに赴任するのは、心強い限りです」
 エイキンスが言った。その口調に皮肉めいたものは感じられない。
「お知り合いで」
「ええ、まあ──」
 ショーンが仕方なくうなずく。
 ──まさか、連続殺人の容疑者として付け狙っているとも言えないだろう。
 正直にそう言ったとしても、ジョークとして笑いを誘うだけである。
「彼のように優秀なSPに追いかけられる兵たちは災難ですな」
 エイキンスが笑う。
「食らい付いたら死んでも放しません」
 ショーンが付け加えた。皆の顔に笑みが広がったが、エイキンスだけは口辺を少し歪めただけだった。
「ところで大統領ですが、テキサス州のダラスに入られるようです」
 艦長が話題を転じた。
「ダラスに──、それはまたなぜですか」
 ショーンの隣に座る若い医科少尉が問う。この男はせっかく日本勤務となったのに、若さゆえの義俠心からベトナム行きを希望したお人よしである。
「民主党のことだ。どうせ資金集めでしょう」
 三十代の航海長が答える。どうやら共和党支持者のようだ。
 米国では、宗派や支持政党の違いによって良好な関係に亀裂が生じることがある。そのため軍隊内では、そのことには触れないようにしているが、たまにこうした本音が出る。
「次の選挙のための布石もあるのでしょう。開明的で人種差別撤廃論者だと思われていたケネディ大統領が、差別撤廃に慎重な姿勢を取っているのは、南部での人気が急落しているためだと聞きますから」
 艦長が当たり障りなさそうな意見を述べた。
 エイキンスが問う。
「ダラスではパレードをやるのですか」
「そのようです。パレードは現地時間の十二時頃といいますから、こちらの時間だと早朝三時台になります」
「何も起こらなければよいのですが」
「大統領の警備は万全ですよ」
 艦長が自分に言い聞かせるように言った。どうやら艦長は民主党支持者のようだ。
 それから話題は変わっていった。そのまま、なごやかな雰囲気で晩餐会は終わり、夜の十時には部屋に戻ることができた。

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