九
十月二十七日の日曜、ショーンは妻子と共に横須賀基地内にある教会に出かけた。外は雨なので、教会内は古いカーペットのかび臭い空気に包まれている。それを気にするでもなく、いつもより多くの人々が教会内に入っていく。ここのところベトナム戦争が苛烈を極め、米兵にも犠牲者が出始めていたからである。基地で生活する者たちの中にも、彼らのために祈りを捧げようという人々が多くなってきている。
教会に入ると、最前列にエイキンスの姿が見えた。
──今更、神に赦しを求めたところで、赦されるはずがあるまい。
その敬虔なクリスチャンを装った姿を見ていると、嫌悪感が込み上げてくる。
──それでも、やらねばならない。
あらゆる状況証拠がエイキンスを犯人と指していた。それを思えば、その良心に訴えかける機は熟している。
午前の礼拝が終わり、妻子を先に帰したショーンは、教会の前でエイキンスが出てくるのを待った。だがいくら待っても、エイキンスは現れない。
人の波が収まり、静かになってから、ショーンが礼拝堂内に戻ると、エイキンスは一人、最前列のベンチに座って祈りを捧げていた。
その隣に腰掛けたショーンは、エイキンスと同じように手を組み、頭を垂れて祈りを捧げた。
すでにエイキンスも、ショーンの存在に気づいているはずである。ここまでのショーンの動きも、キャンベルを通じて知っているに違いない。
ようやくエイキンスの祈りが終わったので、ショーンは前方を向いたまま呟いた。
「祈る時は、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、大通りの辻に立って祈ることを好む」
「マタイによる福音書六章五節ですね。ここには、あなたと私のほかに誰もいませんが、私のことを言っているのですか」
「コマンダー・エイキンス、それが分かっているのは、あなた自身でしょう」
エイキンスの青く澄んだ瞳が、ショーンに向けられた。
「私は、私のやっていることをすべて把握しています」
「では、真実をすべてお話し下さい。それが、クリスチャンとしての正当な行いではないでしょうか」
口辺にわずかな笑みを浮かべると、エイキンスは再び祈りの姿勢を取った。
「いくら祈っても、哀れな異教徒の娘たちが、神の御許に召されるはずはありません。あなたは、それを知って祈っているはずだ。すべての真実を告白するまで、あなたが許されることはない。つまり自分のために、祈っているのではありませんか」
「この世に生きるすべての人々のために、私は祈っています」
──それが答えなのだな。つまり自首などしないということか。
いたたまれないほどの怒りが込み上げてくる。
──偽善者め。
ショーンが立ち上がっても、エイキンスは一瞥もくれず一心に祈っている。
しばしの間、エイキンスを見下ろした後、ショーンは何も言わず、その場を後にした。
外に出ると、雨は本降りになっていた。
埠頭も靄に包まれているが、クレーンは鎌首をもたげては下ろし、輸送船にコンテナを積み込んでいる。
──雨だろうが、日曜だろうが、戦争に休みはないのだ。
傘を持ってきていないショーンは、雨に打たれながら歩き出した。非番の日曜なので、どこに行く用事もないが、家に帰る気にもなれない。
左手の駐車場に停めてある白いポンティアック・テンペストが目に入った。
エイキンスだけでなく、クルマにも嫌悪感がわく。多くの状況証拠が、クルマにかかわっているからだろう。
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