アニメ美術の巨匠・小林七郎が掴まえる本質
—『赤いろうそくと人魚』を通して

『新オバケのQ太郎』、『ど根性ガエル』、『ルパン三世 カリオストロの城』。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『キテレツ大百科』『少女革命ウテナ』など無数の作品のアニメ美術を手がけてきた小林七郎。その小林の個性について、個人作家として制作した『赤いろうそくと人魚』を通して、ライターの大山くまおさんが論じます。

『タッチ』『ルパン三世 カリオストロの城』『少女革命ウテナ』……

冒険の旅をする7匹の小さなねずみたちの前に立ちふさがる、荒れ狂う海、切り立った険しい崖、陰鬱な夜の闇、すべてを焼き尽くすような灼熱の太陽。それらを表現するのは、殴り描きのような力強い線であり、極彩色を含んだ強烈な色彩である。写真と見紛うようなリアルな絵ではないが、観る側にグイグイと迫ってくるような存在感のある絵だ。幾度となく再放送されている名作アニメ『ガンバの冒険』(75年/2012年2月現在もTOKYO MXで再放送中)を観た人の中には、愉快なキャラクターや厳しくも心躍るストーリーとともに、その特徴的な背景画に目を奪われた人も少なくないと思う。恐ろしい白いイタチ・ノロイの絵が目に焼き付いている人も多いはずだ。

この作品の美術を担当したのが小林七郎という人である。この名前を知っている人は、なかなかのアニメ通だと言ってもいいんじゃないだろうか。テレビアニメの草創期からつい最近まで、数多くのアニメで美術監督を務めてきた大ベテランだ。今冬、杉並アニメーションミュージアムでは『アニメーション美術監督 小林七郎展 -空気を描く美術-』が開催されているが、ここでは過去の作品の背景原画の展示とともに小林が監督した25分ほどの短編作品、映像絵本『赤いろうそくと人魚』が公開されている。公開は展覧会の会場のみで行われており、現時点ではソフト化の予定は発表されていない。この機会にアニメに関心がある人はもちろん、多くの人にぜひ観てほしい作品だ。

空気を描く美術―小林七郎画集 (ジブリTHE ARTシリーズ)
空気を描く美術―小林七郎画集 (ジブリTHE ARTシリーズ)

『赤いろうそくと人魚』の話をする前に、まずアニメの美術という仕事と小林のキャリアについて簡単に説明しておこう。アニメは基本的にキャラクターなどを動かす動画の部分と、動かない背景画に分けることができる。この背景画を一手に引き受けるのが美術の仕事である。美術監督は、監督らのイメージをもとに背景画の設定をつくり、他のスタッフが描く背景を監修する。キャラクター作りやストーリー作りと並んでアニメ作品の世界観や雰囲気を決定づける重要な仕事である。

小林は1932年、北海道生まれ。東映動画から独立してアニメの美術を手がける小林プロダクションを設立、『新オバケのQ太郎』(71年)、『樫の木モック』(72年)、『ど根性ガエル』(72年)などの美術監督を歴任する。その後も『ルパン三世 カリオストロの城』(79年)や『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84年)のようなアニメ史に残る作品から、『タッチ』(85年)、『キテレツ大百科』(88年)のようなお茶の間で愛された作品、『天使のたまご』(85年)、『少女革命ウテナ』(97年)といったカルト的な人気を集めた作品など、幅広いジャンルの作品で美術監督を務めてきた。なかでも、『ガンバの冒険』や『元祖天才バカボン』(75年)、『家なき子』(78年)、『あしたのジョー2』(80年)など、出崎統監督との一連の作品での鮮烈な仕事ぶりは多くの人に強い印象を残している。

後進も数多く育てており、スタジオジブリ作品の美術を担う男鹿和雄や、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(87年)などで美術監督を務めた小倉宏昌も小林の教え子だ。押井守監督をして「仕事で出会って物凄い影響を受けた、言葉を変えれば一期一会の人」(※1)と言わしめる存在であり、間違いなく日本のアニメ界を支えてきた巨人の一人である。その後、『探偵オペラ ミルキィホームズ』(10年)の美術監督を務めた後、2011年に小林プロダクションを解散、現在は個人作家として活動している。2012年初めに筆者が書籍『アニメーション監督 出崎統の世界』(河出書房新社)でのインタビューで自宅兼アトリエを訪れたときは絵画の制作に取りかかっていた。今回の展覧会の会期中に完成した『赤いろうそくと人魚』の制作も、小林の個人作家としての活動の一環だ。

人魚の子の悲劇

『赤いろうそくと人魚』は1921年に発表された小川未明の創作童話を原作にしている。“映像絵本”と銘打たれているように通常のアニメと違ってキャラクターはほとんど動かず、背景と人物を一枚絵として表現し、それをレイアウト(カメラワーク)と編集で見せていく。小林は関わっていないが『まんが日本昔ばなし』(75年)で時折あった、前衛的な作品をイメージしてもらうとわかりやすいかもしれない。作画と監督を小林、演出を荒川眞嗣が担当している。荒川は『ガンバの冒険』でレイアウト、『まんが日本昔ばなし』でメインスタッフを務めた芝山努の弟子にあたる。語りを担当するのは女優の小林綾子。展覧会の会場では、小林が描いた原画の展示の脇に設置されたモニターで本作が上映されている。

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oyamakumao 【再度告知】吉田戦車さんも展覧会に行かれたという、 約5年前 replyretweetfavorite

oyamakumao 【告知】吉田戦車さんも展覧会に行かれたという、 約5年前 replyretweetfavorite

kanbakanba 大山くまおさんの「 約5年前 replyretweetfavorite

littlebilly_bam 突然出てくるミルキィホームズの名前に困惑 https://t.co/W5GGsws61P 約5年前 replyretweetfavorite