七
翌日、横腹の痛みが随分と緩和されてきたので、通常通りに出勤することにした。どうやら骨までは折れていないらしい。
──いったい誰の差し金だったのか。
その答えは問うまでもない。
──キャンベル以外にいない。
エイキンスのことをかばい、キャンベルが顔の利く水兵たちに依頼し、ショーンを痛めつけたに違いない。その理由など水兵たちは詮索しない。白人には白人だけの社会があり、その代表の一人であるキャンベルに頼まれれば、脛に傷を持つ連中は嫌とは言えない。しかもショーンは公務中ではなかった。何をしていたのか公にできないと知っているのだ。
これまでショーンはキャンベルを尊敬してきた。キャンベルは歴戦の雄であるにもかかわらず、ショーンに対して、差別意識の欠片さえ感じさせなかったからである。
──しかし一皮剝けば、こんなものか。
軍隊において、白人は基本的に差別意識を面に出さない。戦場では持ちつ持たれつだからだ。しかし彼らだけになると、それが噴出することがある。今回の件は、それを如実に物語っていた。
──俺たち日系人は、いつまでもOutsidersなのだ。
これまでの生涯で受けてきたものと同質の失望を、ショーンは味わっていた。
この日、幸いにもキャンベルは出張で不在だった。ショーンは内勤のシフトだったので、オフィス仕事をしていると、夕方になってソニーから電話が入った。
「ソニーです。体の方は大丈夫ですか」
「そのことはいい。で、どうだった」
「今、鑑識が成分を分析していますが、そちらで売っているガムと同じようですね」
「つまり、リグレーのシナモン味で間違いないというのだな」
「その通りです」
戦中の1944年に発売されたリグレーのシナモンガムは、1963年の現在でも、日本国内で入手するのは困難である。
──やはり、そうだったか。
予断は禁物と思いつつも、あらゆる状況証拠はエイキンスを犯人と指していた。
「それで、今後のことですが──」
「これだけで、動けるはずはないだろう」
「それでは、後は何が必要ですか」
「目撃情報だ」
「日本人のものでもいいですか」
しばし考えた末、ショーンは言った。
「こうなったら構わない。とにかく私が直接、聞いてみる」
「それで確証を得たのなら、エイキンスを尋問できるのですね」
「私の上司次第だ」
「分かりました。聞き込みを続けます」
「何か有力な情報が見つかったら、すぐに知らせてくれ」
「I understand(了解です)」と言って、ソニーは電話を切った。
切れた受話器を持ち、ショーンはその場に佇んでいた。
──転がり始めた石は誰にも止められない。日本の警察に協力して白人将校を逮捕させることが、果たして「よき米国人」のすることなのか。
ショーンは自問した。
「米国で生きたいなら、白人に逆らってはいけない」
父庄吉の言葉が脳裏をよぎる。
同時に、子供の頃の思い出がよみがえった。
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