横浜1963

Good-for-nothing(できそこない)

横浜で再び殺人事件があった。これまでの事件と同じ手口で若い女性が殺害されたのだった。
ショーンは正義感にかられ、ソニーとともに事件の真相を追うことを約束した。

 港の見える丘公園の近くの空き地にクルマを停めると、ソニーがエンジンを切った。周囲に人気はなく、ただ虫の声だけが聞こえている。
 ──十六時半か。
 時計を見ると、間もなく日没である。
 もっと早い時間に来たかったが、いろいろ手間取ってしまい、こんな時間になってしまった。それでも日没までには、まだ間があり、現場を見ることはできる。
「行くか」
「はい」
 クルマを下りたショーンは、足の下の土を見つめた。
「まさか、こいつと全く同一とはな」
「間違いなく、あのポンティアック・テンペストは、事件の前後にここに来ています」
「断定は禁物だ」
「わが国の鑑識の力は、貴国なみですよ」
 ──それも、われわれの指導があってのことだろう。
 と一瞬、思ったが、実際はそうでもないと、ショーンは知り始めていた。
 ──日本の発展が欧米の技術移転によって成し遂げられたと思うのは、どうやら大きな間違いのようだ。
 欧米人は、日本人のやることなすことのすべてを欧米人の猿まねだと思いたい。しかし最近、この民族が独自技術を持ち、それらを飛躍的に発展させることができると知られるようになった。考えてみれば、日本は太平洋の戦場で、国力が十倍の米国を相手に戦った国である。戦後の復興が成れば、かつて以上の勢いで世界市場に乗り出してくるのは、当然と言えば当然である。
 ──いずれ産業面では、わが国のライバルになるのではないか。
 軍事力で米国を屈服させられなかった日本が、技術力の戦いを挑んでくるのも、それほど遠い先ではないような気がする。
「こちらです」
 ソニーは公園の左の端にショーンを導くと、山麓に向かっているとおぼしき道を指し示した。そこには「遊歩道」という看板が掛かっているが、到底、人の行き来があるような道には見えない。
「これが日本の散歩道というわけか。ここに人は来るのか」
 ショーンが顔に懸かる枝を払いながら問うと、ソニーが、さも当然のように答えた。
「めったに来ません。ただ昼は学校の終わった子供が虫を取りに、夜はカップルが何かをしに来ることがあります」
「Do something」というフレーズがおかしく、ショーンは苦笑した。
 次第に道は広がり、少しは公園らしく見える場所に出た。
「とんだところに来ちまったな」
「港の見える丘公園の整備は終わりましたが、ここからフランス領事館のあった場所までは、以前のままです」
 確かに遊歩道とやらは、ここまでのようだ。
「あいつらは、なぜこんなところに来たのだ」
「分かりません。ただ米軍将校は、逆さクラゲには行きませんからね」
 逆さクラゲとは、温泉の記号から付けられた連れ込み宿の別称である。
「しかし大学生ともあろう者が、どうしてそんなに不用心なんだ」
「それは──」
 ソニーが複雑な表情で答える。
「欧米に対する憧れですよ。日本人の男に対しては、意外に身持ちがいいんですがね」
「そうなのか。何とも分からん心理だな」
 純血の日本人でありながら、米国籍のショーンにとって、外から見た日本は理解できないことばかりである。
 戦争に負けたとはいえ、米国政府は日本の文化まで根こそぎ変えようとはしていない。しかし日本人は自らの過去を否定し、積極的に欧米文化を取り入れようとしている。確かに敗戦は日本人に価値観の転換をもたらした。だからと言って、自らの美しい文化まで捨てようとするのは理解できない。
「ここです」
 藪をくぐるように進むと、傾斜のない場所に出た。そこには廃屋らしきものがあった。その廃屋は爆撃か何かでやられたかのように、コンクリートの基礎部分や、浴室らしき場所のタイル張りの側壁が露出している。
「これは大戦の傷跡かい」
「いいえ。関東大地震でやられ、そのままになっているのです」
「これが、かつての領事館か」
「領事館そのものは山麓にありました。こちらは領事の家族が住んでいた公邸です」
 言われてみれば、領事館にしては小さすぎる。
「で、二人はここで事に及んだのか」
「はい。おそらく」
 米軍の将兵は事に及ぶ際、あまり場所を選ばない。たとえ日本人が通り掛かったとしても、見て見ぬふりをして通り過ぎていくのを知っているからだ。
「どこでやったんだ」
「雨でほとんど洗い流されていましたが、わずかな血が、この辺りで見つかりました」
 ソニーが、六段だけ残った階段の側面を指差した。
「つまり──」
「座った状態で事に及び、そして事が終わった後、刺したというわけです。首を絞められた跡があったので、どちらを先にしたのかは分かりませんが」
「窒息死か」
「いいえ失血死です。ただ争った痕跡が見られなかったので、首を絞められた後、刺されたのかもしれません」
 周囲を見回すと、確かに草が折れたりはしていない。
「遺骸が遺棄されていた場所は、どこだ」
「こちらです」
 ソニーが、何の変哲もないくさむらを指差した。そこだけ、雑草が不自然に倒されている。
「第一発見者は」
「犬です」
「ということは飼い主だな」
「ええ。ただし翌朝ではなく、翌々日、すなわち九月十五日の朝でした」
「それほど、ここには人が寄り付かないのか」
「そういうことになります」
 遊歩道は終わっていても道は付いているので、誰か来てもおかしくはないのだが、どういうわけか日本人は欧米人ほど公園というものを好まず、どこの公園も利用者が少ないと、何かの雑誌で読んだ覚えがある。
「犯人の痕跡は全くなしか」
「すでにお話しさせていただいた通り、何も見つけられませんでした」
「では、始めるか」
「何を、です」
「われわれが、証拠を見つけるのさ」
 夕焼けが、樹林の影を長く伸ばし始めている中、ショーンは黙って歩き始めた。ソニーもショーンに倣い、別の場所を歩いている。
 人が全く入ってきていないわけではないので、多少の廃棄物はある。
 コーラのびんを見つけたが、どう見ても五年以上前の代物である。コンドームもあったが古すぎる。日本の警察が気に留めなかったのも当然である。
 十分ほど探索していると、何かが目の端に捉えられた。草と同じ緑色に近いので、夕焼けが反射していなかったら見つけられなかったかもしれない。
 それは嚙み潰されたガムだった。
 草の間に落ちていたためか、土は付いておらず、さほど古いようには見えない。
 それを拾って鼻に近づけると、わずかにシナモンの香りがした。
「どうしましたか」
「嗅いでみろ」
「これは──」
「シナモン味だ」
 証拠のガムを受け取ったソニーは、小さなビニール袋に入れた。
 その後、二人は日没まで、周辺に何か残っていないか探したが、これといったものは見つけられなかった。

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この連載について

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