赤い絨毯

第5回】大事な物

【前回まで】秋田・大曲での生活にも慣れ始め、初めての友達もできた「俺」。父親から離縁され、心を固く閉ざそうとしたとき、Kくんから家に遊びにおいでと誘いを受けます。友達の母親を見るだけで悲しみに襲われる「俺」が、もしかしたらそんなことを気にせずいられると思えたKくん。Kくんの家に向かう「俺」の心が弾みます。

 県道は除雪がすでに行われていた。しかしわずかに残った雪が溶けて凍って黒いバーンになっていて、これはこれで恐ろしいことこの上ない。雪駄を脱いでリュックサックにくくりつけて、何度も転びそうになりながらも県道づたいに駅の反対側に出た。すでに雪が降ろされて赤茶けた屋根が見えるKくんの家に着くと、すでに玄関でKくんは待っていた。家の中は、何とも良い匂いがする。どこかで感じたことのある、落ち着いた、おっとりとした香りだ。Kくんの家は、綺麗に掃除が行き届いていて、外套を脱いだKくんは中にお洒落な感じの赤い家着をまとっていた。家で迎えてくれたのは、Kくんの祖父と祖母であって、Kくんの両親の姿はなかった。

 Kくんはひたすら自分のことを喋っていた。仙台に帰って、新しいコマをお年玉で買ってもらった話に夢中になっていた。俺などもう何年もお年玉など貰っておらぬが、そんなことなど微塵も気にすることなくKくんは俺に話し続けた。どうもKくんの言う大事なものとはそのコマのことであるらしい。部屋の隅にある玩具箱は大小さまざまな種類のコマやコマにつけるデコレーションが、山となっている。手馴れた手つきでコマを操るKくんが俺にもコマをやれといい、お互いに回したコマを円筒の上でぶつけ合って毎度簡単に俺のコマが弾き落とされて負けるのを見ると、からからと心から愉しそうに笑った。見渡すとKくんの部屋は高価そうなコマばかりでなく超合金のおもちゃで溢れ返って、真新しい学習机の上には読み差しの漫画や作りかけのプラモデルが山と並んでいた。

 Kくんはたっぷりと数時間、延々とコマの自慢をし、負けるはずもない俺とのコマ勝負を繰り返しては零れ落ちそうな笑顔を俺に向け、実に満足そうだった。友達との遊びというものはここまでつまらないものなのか。付き合う俺もどうかしているのだが、俺としては友達のできて嬉しそうにしていた婆ちゃんをがっかりさせたくない一心だったし、何しろ嫌われたくなかった。

「君も大事なもの持ってきたんだろ?」
Kくんは頬を紅潮させたまま、俺に訊いた。やっと、訊いた。俺が黙ってリュックサックからおずおずと『義経千本桜』を取り出すと、Kくんは不思議な表情をした。「なにこれ」と言わんばかりだ。どういう理由か、俺は惨めな気持ちで一杯になった。俺は小学生のころ親から玩具のようなものを買ってもらった記憶がない。家にテレビがあったことがなく、学校で流行りのテレビ番組や玩具を話題に盛り上がられると、何しろそれを知らないものだからお話に入れないのである。だいたい何とかゴッコをやるときは、主人公を知らなくてもできる配役、つまり敵役をやらされるのだから実に面白くない。

「これ、面白いの?」
怪訝な表情のまま、Kくんは言った。
「大事なものを貸し合いっこしよう」

 一瞬、不安に思ったが、俺が改めて『義経千本桜』を差し出すと、Kくんはいくつものミニカーが入った小さな透明のスーツケースのようなものを持ってきた。「俺のお気に入りなんだ」とKくんは言うと、一台一台説明のような自慢をはじめ、またぞろ半刻ほども喋り続けた。俺は車には何の興味もなかったが、車の車輪以上に良く回るKくんの口元をずっと見ていた。

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赤い絨毯

山本一郎

【著者より】  「『大人が読んで、心がゴトゴト動く童話』を紡いでいきたいと思います、パッチを当てて貼り合わせたものではない、縫って繋いだものではない、過去からいまへ繋がる道のりを、穏やかに書き綴りたいのです。  それは、捨てて...もっと読む

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コメント

sadaaki ……婆ちゃん。こらえきれんです。 4年以上前 replyretweetfavorite

allman3369 K大の法学部政治学科には、頭が良くて人間的に素晴らしい奴らはタッパーに入れて持ち帰るくらいいるなあ、と在学中から感じていたが、いい意味でのキ印とは出会えなかった。その例外がやっぱこいつなんだろうな。やまもといちろう「 4年以上前 replyretweetfavorite

i_am_sakana 「逆鱗」人の痛いところって実はわかりにくい。え、ここツボでしたか?みたいな。人生、学習あるのみ。 “@kirik: ” 4年以上前 replyretweetfavorite

hirofus この流れで次回が最終回か……→ 4年以上前 replyretweetfavorite