横浜1963

二人の間には、われわれには分からない何かがある

別の事件で佐世保を訪れていたショーンは、九カ月ほど前に柿ノ浦漁港で、「横浜港女性変死事件」と酷似した事件があったことを知る。
エイキンスが写った写真を、遺体発見者の笹部熊吉に見せると、事件前日の港にいたのは彼で間違い無いという。

 佐世保から帰ってきたショーンは、通常勤務に戻った。
 通常勤務とは「SP」と書かれたヘルメットをかぶり、横須賀市内で暴れる酔漢を連れてきたり、門限に戻ってこない兵を探しに行ったりする仕事である。最近は日本人も強気になってきており、店の支払いや賭博をめぐって、米兵とのいさかいや喧嘩が絶えない。
 戦後も十八年ほど経ち、米兵も日本人との関係が緊密化し、犯罪も日増しに多くなってきている。ここ横須賀では、とくにショーンらNISが活躍する機会は多くあった。
 日々の雑務に忙殺され、佐世保でのことを忘れかけていた八月末、ガースから電話が入った。実は佐世保からの帰り際、この事件について何か新しい材料は出てこなかったか、佐世保警察に問い合わせるよう、ガースに頼んでおいたのだ。
 ガースによると、逆に何か新事実でも見つかったのかと問い返されたという。
 NISに照会後、佐世保警察は積極的に動いておらず、柿ノ浦漁港の一件は、迷宮入りになりかけているという。
 ガースは言った。
「何のことはない。最初にコンタクトしてきた時に『手掛かりがなければ動けない』と言ったら、それをうのみにして、あれから捜査らしい捜査をしていないとさ。あちらさんは、『米軍兵士の犯行の可能性が高い』となれば、それで上も下も収まるってわけだ」
 上とは警察上層部、下とは遺族も含めた民間のことである。
 ──何事も、米軍の意向には逆らえないってことか。
 日本人は、いざ戦争となれば兵の末端に至るまで勇敢に戦うが、敗戦となったとたん、米国人を神のごとく崇め、その指示に従うことにきゆうきゆうとする。無理な要求でも、ほのめかしただけで一丸となって実現に取り組むのが、今の日本人である。
 それは土地や建物の接収の面で顕著に表れていた。それが民間人の住む私有地だろうが、米軍側が「接収したい」と言えば、「四十八時間以内に立ち退かせます」と答えるのが常である。
 占領行政に携わったある将校が言っていたが、「それは困る」と言ってくれれば、代替え案を考えてもいいのだが、日本人は、すべてに唯々諾々と従うので、とてもやりやすかったという。
 進駐が始まってから十八年ほど経ったが、米軍が何をせずとも、日本人は競うように米軍の意を迎え、今では、米国以上の民主主義国家を築こうとしている。
 ──日本人とは、いったい何なんだ。
 ベトナム戦争最中の今、米国の政治家や識者の間からは、「これ以上、日本を骨抜きにすると、共産主義国家の侵略に耐えられない」という意見が出始めており、「日本の自立を促すべし」という声も高くなり始めている。
 仮に中国かソ連が日本を占領した場合、日本人は、どこよりも完璧な共産主義国家を築き上げるに違いない。そしてそれは、共産主義国家建設の見本となるだろう。
 ガースとの会話を終わらせて受話器を置くと、ショーンは実務に戻った。
「おい、ショーン」
 ドアをノックする音がすると、ショーンの返事を待たず、ドアが開いてアンソニー・キャンベルが、その赤ら顔をのぞかせた。
「仕事はまだ残っているのか。もう終わったんなら、飲みに行かないか」
 ショーンはキャンベルからよく誘われる。というのもショーンが、他人の話にじっと耳を傾ける性質たちだからだ。
 横須賀基地内には、将校・士官用、下士官用、兵員用と、階級によって分けられた三種のクラブがある。しかし将校や士官の上長と飲みに行く場合、双方が入れるクラブがないため、外に出ることになる。
 二人は連れ立って基地を出て、どぶ板横町のバーに向かった。
 キャンベルは朝鮮戦争で負傷し、足を引きずっているので、信号を渡るタイミングが難しい。その負傷もあって前線から退き、Sea Duty(海上勤務)からShore Dutyになったのだが、キャンベルは足が悪いことを気にすることなく、ダンス・パーティとなれば独特の格好で踊る。そんなキャンベルを笑う者は、大人にはいないが、子供の中には、そのまねをする者もいる。それをキャンベルは面白がり、一緒に踊ったりする。
 それは、キャンベルの人柄の一端を表しているにすぎないが、ショーンは勇敢な上にいつも陽気なキャンベルを尊敬していた。
 米兵ばかりの人込みの中を進んでいくと、ここのところキャンベルが行きつけにしているという、カントリーウエスタンばかりがかかるジューク・ジョイントに着いた。
 ハンク・ウィリアムスらしき歌声が流れる店内に二人が入っていくと、カウンターに座っていた連中が一斉に振り向く。皆、白人の米兵である。
 キャンベルはその年齢や威厳から、私服でも明らかに将校だと分かるので、兵たちは椅子から下りて挨拶しようとする。それをキャンベルは左手を上げ、「いいから気にするな」という仕草で止めた。
 カウンターから離れたボックスシートに座ると、キャンベルはバドワイザーを、ショーンはクアーズを注文した。
 二人はビールを傾けながら、昨今のベトナム情勢、さらにさかのぼって朝鮮戦争へと話を進めた。キャンベルは海軍士官学校出身だが、朝鮮戦争での負傷によって前線に出られず、出世が頭打ちになっていることから、政府や上層部への不満をよく漏らす。
「今の政府は及び腰だからいけないんだ。やるなら世論など気にせず徹底してやる方がよい。そうしなければ、どんな戦争だって勝ち抜けない」
 マルボロに火をつけると、キャンベルは肺の奥まで煙を入れるように深く吸った。
「しかし、国内には厭戦気分が広がり、反戦活動も活発になってきていると聞きます」
「それじゃ、これで撤兵するって言うのか。そんなことをすりゃ、アジアはすべて共産化される。俺たちは民主主義を守らねばならないんだ」
 それについて反論の余地はないが、ショーンは釈然としないものを感じていた。白人たちは「われこそは正義だ」と言い切ることで、自分たちを納得させ、若者たちを戦争に駆り立ててきた。そして、いくら犠牲を出そうとも、「正義の戦争で死んだのだ」と自分たちに言い聞かせる。
 ──しかし戦争に正義なんてあるのか。

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コルク
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この連載について

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