横浜1963

あんたなら大歓迎だ

八月四日の日曜日、ショーンは妻アネットと共に基地内のチャペルを訪れ、
登壇していたロドニー・エイキンス中佐と接触する。
妻アネットは基地内の日本語学校でエイキンスをよく見かけていたが、最近は見なくなったという。
どうして将校が日本語学校にわざわざ通っていたのか、そして、通わなくなってからも彼の日本語が上達しているのかが気になるショーンであった。

「横須賀への船は明日、つまり八月十七日にここを出港する。君と私は、その船に乗って横須賀へと向かい、君は、横須賀の軍事法廷で裁かれることになる」
「Yes, sir」
 その黒人兵はだらしなく敬礼すると、留置場のベッドに腰を下ろした。あまりの体重に、ベッドのスプリングが悲鳴を上げる。
 ショーンは、あきらめたように首を左右に振ると事務棟に向かった。
「Naval Investigative Service Sasebo」と書かれたオフィスのドアを開け、「失礼」と言って中に入ると、ガース・エドワーズ兵曹長が、にこやかに迎えてくれた。
「やっこさん、大人しくしているかい」
「ああ、何とかな」
 ガースはショーンの肩を抱くようにして、自らの部屋に招き入れた。
「コーヒーでいいかな。それともブランデーにするかい」
「よしてくれよ。まだ勤務中だ」
 ガースは高笑いすると、客用のカップにコーヒーを入れてくれた。
「横須賀に戻るのは明日か」
「ああ、ちょうどいい船便があったんでね」
「それで佐世保には、たった二日の滞在というわけか」
「そういうことになる」
 佐世保に行き、酒に酔って暴れた米兵を逮捕してこいという指令を受けたのは、ほんの三日前である。それから佐世保への輸送船を探して便乗させてもらい、ショーンは昨日、着いたばかりだった。
「裏付け捜査とか何とか言えば、一週間はのんびりできるのにな」
「それはそうだが、有能なガース・エドワーズ兵曹長が、すでに完璧な調書を取っているから、その必要もない」
 二人は笑い合った。
「しかし、佐世保の繁華街でネイビーナイフを振り回すとは、あの二等水兵もどうかしてるぜ」
 ネイビーナイフは全長二十七、刃渡り十五センチメートルほどの両刃で、片面はストレートだが、もう一方はハーフセレーション、すなわち上下二種の刃体から成る。とくに下方は、ぎざぎざ状のなみなので、何かを切った際、ストレート側だけ使っても、刃を返す時などに痕跡が残りやすい。
「それでも、誰か傷つけたわけではないのでよかった」
「ああ。器物破損で済んだからいいようなものの、人でも傷つけたら、またまた外交問題だぜ」
「ああいう輩に、ネイビーナイフを支給するから悪いんだ」
 ショーンには珍しく、やんわりと上層部を揶揄した。
「その通りだ。それだから日本人がやった殺しまで、こっちのせいにされそうになる」
「何かあったのか」
「九カ月ほど前の話だが、柿ノ浦漁港ってとこで、女の死体が浮かんでね。その腹の傷がネイビーナイフじゃないと付かないと、日本の警察が難癖を付けてきたんだ」
 コーヒーカップを持つ手が止まる。
「それは、間違いなくネイビーナイフなのか」
「そう言えないこともないが、ブツが見つかったわけじゃないし、似たようなものは、いくらでもあるからな。切り口だけで、ネイビーナイフだと認めることもないだろう」
「その柿ノ浦漁港っていうのは、どこにあるんだ」
「ここから二十キロほど離れた寂しいところさ」
「九カ月ほど前というのは、正確には、いつのことだ」
「去年の秋だったから、十月の二十七日かな」
 ──その頃、ここで朝鮮戦争関連のコンベンションがあったはずだ。確か、従軍した将校の多くが参加している。
「ショーン、どうしたんだ」
「いや、少し気になることがあるんだ。その事件のファイルと式典参加者のリストを見せてくれないか」
「式典──」
「その頃あった朝鮮戦争関連のコンベンションのことだ」
「ああ、あれか。構わないよ」
 ガースは不思議そうな顔をしながら、部屋の外に出ていった。
 ──まさかとは思うが。
 ガースが運び込んできたファイルを抱えて別室に移ると、まず式典参加者のアルバムが目に入った。リストをチェックする前に写真を見ていると、ガースは首をすくめて出ていった。
 ──あった。
 エイキンスは、ショーンの上長のキャンベルを含めた三人の将校と一緒に式典の写真に収まっていた。それは集合写真ではなく、会場を撮った縦長のスナップで、撮影者はエイキンスの笑顔を写したかったのか、中心に写っているのはエイキンスである。キャンベルはその手前にいて、ちょうど撮影者の気配に気づいて、振り返ろうとしているところだった。残る二人はエイキンスとキャンベルの陰になり、顔さえ定かではない。
 確認のためリストを探すと、エイキンスの名が記されていた。
 続いてショーンは、柿ノ浦漁港で上がった死体にかかわるファイルを開いた。
 女性の名前はなべきよ。年齢二十五歳。職業は教師。
 ──強姦された上、腹を刃物でずたずたに引き裂かれているのか。
 手口は、横浜の件に酷似していた。
 しかし、ろくな検視をしていなかったらしく、毛髪や精液は採取していないらしい。尤も海に流されてしまえば、どうしようもないことなのだが。
 そのファイルには、傷口の写真も添付されていた。
 そこには矢印のマークが付き、「Double-Edged?」と書かれていた。確かに、刃を折り返す時にできた波刃状の傷が残っている。横浜の写真は鮮明でなかったが、こちらは明らかに両刃を使ったと分かる。
 ──これは、ネイビーナイフの可能性が高い。
 ファイルには、目撃者とおぼしき人の証言と連絡先もあった。
「ショーン、どうした」
 顔を上げると、ガースがドアから顔をのぞかせている。
「これは、ネイビーナイフじゃないと付けられない傷だろう」
 ガースが首をすくめた。
 それは、日本の警察が何を言ってこようが、状況証拠だけでは動かないという米軍の姿勢を物語っていた。確かに取り扱いを誤れば、ガースの出世にも差し支える。それは、ショーンが日本の警察官に取った態度と何ら変わらない。
「確かに、断定はできないがね」
 ショーンの方から助け船を出した。今後の人間関係を考えれば当然である。
「いいんだ。それより、もう昼飯時だが、シーサイドグリルにでも一緒に行くかい」
「どうやら、その暇はなさそうだ」
 ガースが不思議そうな顔をする。
「いったい、どうしたんだい」
「ちょっと調べたいことができたんだ」
「分かった。好きにするがいいさ。それで昼飯はどうする」
「ハンバーガーでも頼めるかい」
「もちろんだよ」
 そう言って首を引っ込めようとするガースを、ショーンが呼び止めた。
「クルマを拝借できるかな」
「いつまで」
「明日には帰るんだ。今日の夜か明日の朝には返す」
「それなら構わんよ」
 ガースがキーを投げてきた。

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伊東潤
コルク
2016-06-08

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この連載について

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横浜1963

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