二
八月四日の日曜日、ショーンとアネットは、基地内のチャペルで牧師の講話を聞いていた。いつもと違うのは、その後にロドニー・エイキンス中佐が登壇したことである。
エイキンスは横須賀基地所属なので、これまで何度か擦れ違ったことはある。しかし挨拶をしたことがあるくらいで、口を利いたことはない。むろん講話を聞くのも初めてである。
──そういえば、アンソニーが戦友だと言っていたな。
エイキンス中佐は、ショーンの上長にあたるアンソニー・キャンベル中佐と同年代で、朝鮮戦争を共に戦った仲だと聞いたことがある。
「あの方は、基地内の日本語学校によく来ていたわ」
アネットが耳元で囁く。
「そうなのか」
「ええ、優しい方よ」
エイキンスの講話は朝鮮戦争時のもので、兵士たちが、いかに神を信じて正々堂々と戦ったかを熱く語った。その間もアネットは、エイキンスのことを繰り返し耳元で囁いている。
講話が終わると、万雷の拍手が起こった。
やがてこの日の礼拝が終わり、皆、三々五々、チャペルを後にした。
「アネット、先に帰ってくれないか」
「どうして」
「中佐の話に感銘を受けたので、挨拶だけでもしておこうと思ってね」
「分かったわ。でも、Navy Exchangeで食料を買っていくからクルマは使うわよ」
Navy Exchangeとは、横須賀基地内のコミサリーのことである。
「構わない」
ショーンは親愛の情を込めて妻の肩を抱くと、その体を出口の方に向けた。アネットは不服そうに頰を膨らませたが、何も言わずに歩み去った。仕事絡みで何かがあると察しているのだ。
それを確かめてから祭壇の方を振り返ると、ちょうどエイキンスが、こちらに向かってくるところだった。
「エイキンス中佐」
ショーンが右手を差し出すと、エイキンスが固く握り返してきた。
「確か、アンソニーのところの──」
「はい。ショーン坂口兵曹長です」
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