第165回 水面に映る星の影(前編)

「共役複素数といえば《水面に映る星の影》ですね!」とテトラちゃんは声を上げて……「広がる複素数」第3章前編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
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図書室にて

テトラ「さて、これは……」

が高校の図書室で本を読んでいると、 後輩のテトラちゃんがやってきた。 手に白いものを持っている。

「テトラちゃん、何を考えているの? それは村木先生の《カード》?」

テトラ「あ、先輩! はい、そうです。村木先生からいただいたんですが、これ、何も書いていないんですよ」

テトラちゃんに《カード》を渡す。それは確かに何も書いていなくて……こんな形をしていた。
村木先生の《カード》

「正$5$角形だ」

テトラ「正$5$角形です」

「何も書いてない」

テトラ「何も書いてないです」

「今度は正$5$角形の天使?」

テトラ「え?」

「いやいや、こっちの話(第139回参照)」

テトラ「正$5$角形について考えよ、ということでしょうか。この形を使って何かおもしろいことを……」

「まあ、もともと、村木先生が僕たちにくれる《カード》は問題になってないこともよくあるからね。 図形といえば、先日ユーリに複素平面の話をしたなあ」

テトラ「複素平面! ユーリちゃんはいつもすごいですね。何でもできちゃいます」

「複素数とベクトルの話をしたんだよ。$a+bi$という複素数を座標平面上の点$(a,b)$だと思えば、 複素数を使って図形を描けるよね。 《図形》を《点の集合》だと見なして」

テトラ「はい、そうですね」

「といっても簡単な話だけしかできなかったけどね。たとえば共役複素数(きょうやくふくそすう)の話はしなかったし」

テトラ「共役複素数……といえば《水面に映る星の影》ですね!」

「みなもにうつるほしのかげ?」

テトラ「はい、そうです。$$ a+bi $$ と $$ a-bi $$ のことですよね、共役複素数って」

「そうだね。複素数$a+bi$の共役複素数は$a-bi$だし、 複素数$a-bi$の共役複素数は$a+bi$になるね。 $a+bi$と$a-bi$は複素共役(ふくそきょうやく)であるという言い方もするよ」

  • 複素数$a+bi$の共役複素数は、$a-bi$である。
  • 複素数$a-bi$の共役複素数は、$a+bi$である。
  • $a+bi$と$a-bi$は複素共役である。

テトラ「はい、その$2$つの複素数……つまり、$a+bi$と$a-bi$を複素平面に描くと$2$個の点になりますよね。 それがちょうど、実軸を水平線として《水面に映る星の影》みたいだなあ、 と思ったんですよ(『数学ガール/ガロア理論』参照)」

《水面に映る星の影》……複素共役な$a+bi$と$a-bi$

「ああ、確かに。実軸を対称軸として、$a+bi$と$a-bi$が対称の位置にあるからだね」

テトラ「共役複素数って、よくでてきますよね」

「うん。$2$次方程式の解の公式にも出てくる」

$2$次方程式の解の公式に出てくる共役複素数
$x$に関する$2$次方程式、 $$ ax^2 + bx + c = 0 \qquad (a \neq 0) $$ の解は、 $$ x = \dfrac{-b + \sqrt{b^2 - 4ac}}{2a} $$ または、 $$ x = \dfrac{-b - \sqrt{b^2 - 4ac}}{2a} $$ である。 ここで、判別式$b^2 - 4ac \leqq 0$のとき、 $$ \left\{\begin{array}{llll} A &= \dfrac{-b}{2a} \\ B &= \dfrac{\sqrt{-(b^2 - 4ac)}}{2a} \\ \end{array}\right. $$ とおく。すると$A,B$は実数で、 $$ x = A + Bi \\ $$ または $$ x = A - Bi \\ $$ が解となる。

テトラ「なるほど、そうですね。$A + Bi$の共役複素数は$A - Bi$と……」

「そうそう。共役複素数はとてもおもしろくて、足しても掛けても必ず実数になるよね」

$a,b$を実数とする。
和$(a+bi) + (a-bi)$と積$(a+bi)(a-bi)$はどちらも実数になる。

テトラ「ええと? これはあたしでも確かめられそうです。計算すればいいんですよね?」

$$ \begin{align*} (a+bi) + (a-bi) &= a + bi + a - bi \\ & = 2a \\ (a+bi)(a-bi) &= aa - abi + bia - bbii \\ &= a^2 - abi + abi - b^2i^2 \\ &= a^2 - (-b^2) \\ &= a^2 + b^2 \\ \end{align*} $$

「そうだね。和は$2a$になって、積は$a^2+b^2$になる。だから……」

テトラ「はい、だから、$2a$も$a^2+b^2$も実数なので、和も積も実数になっていることが確かめられました」

「そういうこと。特にがおもしろいんだよ!」

テトラ「積というと$(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2$ですが?」

「それだよ。だってほら、複素数の絶対値の二乗に等しくなってる」

$$ (a+bi)(a-bi) = a^2 + b^2 = \sqrt{a^2+b^2}^2 = \ABS{a+bi}^2 $$ $$ (a+bi)(a-bi) = a^2 + b^2 = \sqrt{a^2+b^2}^2 = \ABS{a-bi}^2 $$

テトラ「ははあ……確かにそうですが」

「納得いかない?」

テトラ「いえいえ! そんなことはありません」

「ただ?」

テトラ「ただ……あの、すみません。いつもあたしは《でも、これは何なんだろう》って思ってしまうんです」

「そうだね。テトラちゃんがよくいう、So what? (だから何?)かな」

テトラ「それです! 先輩がいろんな式を次々に見せてくださったり、こんな関係もあるよと教えてくださいます。 それはおもしろいですし、なるほど!と思うこともよくあるんですが、 胸の中に《もやもや》が残るんです。『この式は何なんでしょうか』や 『そういう関係が導けるから何?』……という《もやもや》です」

「うん、よくわかるよ。テトラちゃんとはよく話してる長い付き合いだし。 よくそういうこと、あるよね」

テトラ「す、すみません。何だか素直じゃなくて」

「そんなことないよ。言われたことをそのまま鵜呑みにするだけが素直じゃないし。それにね、テトラちゃんは自分の《わかってない気持ち》に対して、いつも素直なんだよ」

テトラ「あっ、そういっていただけると……ありがとうございます」

「ところで共役複素数の話なんだけど、『積も和も実数になる』とか『積が絶対値の$2$乗になる』とかいうことは……それだけじゃ《だから何?》に答えられないかも。 僕は数式をいじるのが好きなんだけど、それはそれ自体が楽しいからだし」

テトラ「そうなんですね。あたしはそういう境地にはなれそうにないです」

「あっ、でもね。別に数式をいじってるだけがすべてでもないんだよ。計算しているとね、ときどき何かに《つながる》ことがあるんだ。 授業のときや、テスト中でも『あれ、前に似たような計算をしたことがあったぞ』って思うんだ。 ふだんから、自分で手を動かして計算していると、気付くことがたくさんあるんだよ」

テトラ「そうなんですね」

「そうだよ。そうそう、数式とも長い付き合いだと、だんだん《こういうこと、よくあるなあ》というのが集まってくるんだね、経験として。 テトラちゃんもよく言うよね。概念と《お友達になる》って。 数式を使って計算しているというのは、 友達とのおしゃべりと似ているかも。 友達と話すとき、いちいち『いまの話は何の役に立つか!どんな意味を持つか!』なんて考えないよね」

テトラ「それは……そうですね。でも、お話が終わった後になってから、 《あのときの、あの人の、あの言葉は、どういう意味を持っていたの?》 と思うことは……ええと……よくあります」

「うん。それは数式をいじっているときと同じだ!」

テトラ「なるほど……なるほどです、はい」

特殊な値

「テトラちゃんは『文字がたくさん出てくるとパニックになる』ってよく言うよね」

テトラ「あ、そうですね。《あわあわ》しちゃいます。で、でも、最近はかなり持ちこたえていますよ……」

「うん、それでね。数式で遊ぶときには《文字の導入による一般化》をして、一般的に考えることもあるけれど、逆もあるんだ。《変数への代入による特殊化》で楽しむことがあるよ」

テトラ「はあ……」

「たとえばさっきの複素数の積$(a+bi)(a-bi) = a^2 + b^2$というのはごちゃごちゃした式に見えるかもしれないけど、 ここで特殊な場合を考えてみる。僕が好きなのは単位円だね。 つまり、 $$ a^2 + b^2 = 1 $$ を満たすような状況を考える。これは、 $$ \ABS{a+bi} = 1 $$ そして、 $$ \ABS{a-bi} = 1 $$ という状況のこと」

テトラ「単位円というと半径が$1$の?」

「そうそう。複素平面でいうと、原点を中心に、半径を$1$にした単位円。その円周上の点が$a^2 + b^2 = 1$を満たしてる」

$a^2 + b^2 = 1$を満たす複素数$a+bi$と$a-bi$

テトラ「これが……特殊化になるんですか」

「そうだよ。$a,b$がどんな実数でもかまわないとすると、$a+bi$はどんな複素数でも表せる。これは一般的な話。 でも、$a,b$は実数だけど、$a^2 + b^2 = 1$という条件を満たさなきゃいけないという制約をかける。 このとき$a+bi$という複素数にも制約がかかるわけだね」

テトラ「はあ……す、すみません。またつい心の中で『So what?』という声が……」

「だよね。それで、僕はこんなふうに式変形したくなる。$a^2 + b^2 = 1$のとき……」

$a^2+b^2 = 1$のとき、 $$ (a+bi)(a-bi) = 1 $$ だから、両辺を$a+bi (\neq 0)$で割って、 $$ a - bi = \dfrac{1}{a + bi} $$ が得られる。

テトラ「……」

「つまり、$a^2 + b^2 = 1$という条件があると、《共役複素数を求める》ことが《逆数を求める》ことと同じだとわかったことになるね! 僕はこういうのが大好きだな」

テトラ「共役複素数で逆数が求まる?」

「そうだね。絶対値が$1$のとき、共役複素数で逆数が求まるし、逆数で共役複素数が求まる。 《$a+bi$から$a-bi$を求める》というのは、 ふつうに考えると《$bi$という虚数部分の符号を反転させる》というやりかたになるよね」

テトラ「はい、そうですね」

「でも、$a^2 + b^2 = 1$という条件があれば、《$a+bi$から$a-bi$を求める》というのは、 《$a+bi$から逆数の$\frac{1}{a+bi}$を求める》というのと同じ計算になるんだよ。 だって、$a-bi = \frac{1}{a+bi}$なんだからね」

テトラ「ああ、はいはいはい」

「《共役複素数》と《逆数》のように、ちょっと見ただけだと関係なさそうなものが、急に関係が見えてくるっていうのは楽しくない?」

テトラ「なるほどです! 少し、おもしろさがわかってきました。あたしが《共役複素数》というと《水面に映る星の影》 だと感じるのに似ています。違う姿が見えるんですね?」

「ああ、そうかも! そうだ、言葉大好きテトラちゃんだったら、こういうプレゼントがあると喜ぶかな」

テトラ「プ、プレゼント? 喜びますっ!」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

hyuki 質問と直接の関係はありませんが《水面に映る星の影》というのはテトラちゃんのセリフでした。 https://t.co/bIM24mbcNk 2年以上前 replyretweetfavorite

aramisakihime 最近欲しいのは「So what?」のスタンプです(使いどころは?)。それはさておき素敵なタイトル。 4年弱前 replyretweetfavorite

yukippe_tsubasa 少し前に線形代数で共役使ってがちゃがちゃ式展開してたなぁと思ってたけど、あれはエルミート行列だったか…(・)> 4年弱前 replyretweetfavorite

yukippe_tsubasa 正五角形の複素平面での位置、懐かしいなあと思いながら読みました(・)> complex cojugate の性質って色々使えるんだよね >> 4年弱前 replyretweetfavorite