多浪が当たり前。カオスなクラスメイトに驚かされる
片桐仁(以下、片桐) 『左ききのエレン』読みました! いやー、めちゃくちゃ好きですね、ああいうマンガ。
かっぴー ありがとうございます。
片桐 主人公であるデザイナーの光一が、自分の才能やキャリアに悩むじゃないですか。僕も大学時代はまさにそうでしたよ。予備校に通い出したのが高3からで、圧倒的に経験足んないまま現役で受かっちゃったんですよ。入ってからがキツイんですよね。
かっぴー 凄いですね。高2の夏くらいから予備校通いますよ、普通は。
片桐 最初はそのくらいから御茶の水美術学院*に通い始めたんだけど、暑くてやめちゃった(笑)。
かっぴー 僕、予備校は青葉台でした。浪人生含めて100人くらいの学校で。
片桐 御茶美や、すいどーばた美術学院*に比べると少ないね。やっぱり予備校行かないと受かんないよね。
かっぴー そうなんですよね。通わなくても受かる奴って学年に一人くらいしかいないです。
片桐 それはやっぱり、受験の時にバチコーン!とはまった人だね。美大受験て一発勝負だから相性があるよ。でも、そういう人って技術がそこまで身についてないから、入ってから辞めちゃう人も多いんだけど。
かっぴー 片桐さんは多摩美時代、どういう学生だったんですか?
片桐 僕は版画科の一期生で、補欠合格だったんですよ。版画って、唯一他の学科と併願ができるんですね。だから、とりあえずお試しで一緒に受けるグラフィックや油絵、日本画の志望者もいる。そうすると、受かっても蹴っちゃう。
かっぴー なるほど。
片桐 クラス35人で、僕、補欠合格の40番台なのに受かりましたからね(笑)。クラスの半分くらいは補欠だった。相方の賢太郎もそうでしたし。入学した時に、あまりにもクラスメイトがいろんな科から来た人ばかりでびっくりしました。
かっぴー それ、面白いですねえ。
片桐 しかも現役が半分、1浪が3人、2浪以上は十何人みたいな。
かっぴー 美大浪人ってめっちゃ多いんですよね。4浪と聞いてもひかないですもん。
片桐 東京芸大の友人で、13浪っていうのもいましたよ。普通、親からしたら2浪でもヤバイよね。でも、美大では当たり前。逆に「なんでこんな人が受かるんだろう?」って首を傾げたくなる人もいたしね。
いち早く社会に出たことで、自意識をこじらせた美大時代
かっぴー 片桐さんご自身はまわりの人をどう見てたんですか?
片桐 僕より下手な人は見下してたけど、そんな人ほとんどいないっていう(笑)。でも、美大ってたとえ優秀でもどんどん人がやめてくじゃない?
かっぴー 僕がいた武蔵美の視覚伝達デザイン学科だと、辞める学生は少なかったですね。デザイン学科に入る時点である程度将来を見越しているので、就職する人も美大の中では比較的多いんです。美大生の中だと意識高い系が多いというか。
片桐 あー、予備校時代からそうだよね。他の学科志望者と比べても、デザイン系は格好が全然違うもん。素敵な鞄とか、図面を入れる黒い筒とか持って澄ましてる。
かっぴー 僕もまさに意識高い系だったんです。大学1年の時にちやほやされて、「お前は他と違う」みたいなことを言われて、教授が学生に課題を説明する時、僕の作品を見せながら「このように……」って言うんですよ。
片桐 優秀じゃないですか!
かっぴー だから「俺はもう社会に出られる!」って調子に乗っちゃって。で、ベンチャー企業のロゴとかを作るバイトを始めたんです。同じ武蔵美卒だった株式会社モーフィングの社長・加藤晃央さんと一緒に営業に回って、「うちの学生デザイナーです」と紹介されて。
片桐 いいねえ!
かっぴー そういう仕事をしばらくやっていると、どんどん世俗的になっていくというか、「プレゼンの時に捨て案を出す」とかいう後から覚えればいいような小賢しいやり方をするようになるんですよ。学生らしく真摯に取り組むということがなくなって、斜に構えたクソヤローになってしまいました。
片桐 社会を見ちゃってるからね。
かっぴー そうこうしているうちに、真面目に研鑽を積んでいた学生と差をつけられて……。「早く社会に出るとロクなことがない」といういい例ですね(笑)。
片桐 いや、凄いですよ。僕、社会になんて出たくなかったもん(笑)。で、かっぴーさんは広告代理店に入社してるんだもんね。
かっぴー 東急エージェンシーという広告代理店です。そこで6年くらい働いて、web制作会社に転職して1年半くらい。社会人経験としては丸7年ですね。
片桐 就職しただけでも偉いよ。僕なんか仕事で人と話したくないもん。一人で家にいたい。ただ、大企業に入るのは入るなりの認められ方をしているんだと考えると、僕も就活をやっておけばよかったなと思うね。
ラーメンズと警備員のアルバイトを掛け持ちしていた
かっぴー 全く就活してないんですか?
片桐 全くやってないです。
かっぴー ラーメンズとしてデビューしていたからですか?
片桐 デビューっつったって、お笑いライブが毎月あるくらいですから。大学生対抗のライブを中野の小劇場でやっている程度のもので、ギャラは500円とかですし、学生しか見に来ないような感じ。
かっぴー 「これはいける!」って確信したのはいつなんですか。
片桐 98年くらいかな。それまではスタンダードなボケとツッコミの漫才をやっていて、そこそこウケるんだけど賞はとれなかった。その頃から、ふたりボケのコントスタイルを始めるようになって、この方が肌に合ってって感じたんだよね。
かっぴー そうだったんですね。
片桐 新人演芸大賞の決勝に残ったのも、単独ライブを始めたのもその年なんですよ。もともと演技のうまい芸人はいたんですよね、既に。先輩にバナナマンもいたし。でもテレビに出るようになると、同じネタなのにライブに来てくれるお客さんの反応がガラッと変わるんですね。「知ってるから笑う」ってことがあるんだ、と気づいた。
かっぴー わー、その感覚は分かる気がします。
片桐 それでもテレビのギャラもライブのチケット代も安かったので、警備員のアルバイトがメインの収入でしたね。
かっぴー 僕がラーメンズさんを認知したのって、その少し後の2000年に入ってくらいだと思うんですよ。僕が美大に入る時に、多摩美といえば「○○さん」、武蔵美といえば「××さん」という話になるんですよね。その中でラーメンズさんの名前が挙がってました。
片桐 武蔵美は誰だったの?
かっぴー やっぱりリリー・フランキーさんです。多摩美はラーメンズさんもいるし、しりあがり寿さんもいるし、「文化人を輩出している」というイメージでした。武蔵美ってサブカルの極致なんですよね(笑)。
片桐 武蔵美は平地にあるから、大学同士の交流が凄いんだよね。うちは山奥すぎてタヌキとキジしかいない。
かっぴー これに関しては、お互いに「隣の芝生は青く見える」という感じだと思うんですけど(笑)。
行動力と自分を信じる力だけがアーティストを育む
片桐 結局のところ、美大生でちゃんと就職するのって半分くらいだよね。アルバイトからそのまま社員になっちゃったり、いつの間にかゲーム会社に入ってたり。
かっぴー ほとんどアートに関係ないですよ。アートではなかなか食ってけないですもん。
片桐 ほんと食ってけないんだよ!
かっぴー 僕のいた学科と、多摩美のグラフィクデザイン学科が美大の中で屈指の就職率なんですけど、それでも50%なんですよ。こんなの親は激怒しますよ。
片桐 いや、もう美大に入った時点で親激怒だよ(笑)。
かっぴー 高いですしね、学費。
片桐 医科歯科大、音大に次いで高いですからね。それなのに美大だとクラスにいた天才的に上手い奴も卒業したら制作をやめちゃうし、やるせない。
かっぴー 僕、一度想像したことがあって。小学生の時は30人の中で1番上手い、30分の1のできる子ですよね。それが年が上がるにつれどんどん倍率が上がっていって、100分の1、1000分の1になっていくんです。
片桐 ええ。
かっぴー そう考えると、卒業してデザイナーになる人って、10000分の1くらいなんですよ。まさに「万が一」ですよね。そうやってずっと自分を天才と思ってきたのに、いざ卒業すると食えない。
片桐 美大出身じゃなくてもアーティストになる人だっているし、つまるところ、絵の上手い下手じゃないんだよね。
かっぴー 「エレン」も絵が下手だってよく言われます(笑)。
片桐 今は絵の上手い下手だけがマンガの価値を決めるわけじゃないですから。『進撃の巨人』だってそう。あれが上手いってことなんだから、かっぴーさんも上手いんだと思う。僕はめちゃくちゃ好き。
かっぴー もう下手って言われてもへこまない!(笑)
片桐 問題は上手い下手じゃなくて、行動力と自分を信じる力なんだよ。美大だと、なまじ上手い奴をいっぱい見ちゃうから、自信がなくなる。
かっぴー 「自分を信じる力」って大事ですよね。
片桐 大事だよ! 判断基準がないからね。上手い人が辞めたら、「俺だって無理だ」って思っちゃうんだよ。
かっぴー だからこそ『左ききのエレン』の主人公は、信じる力だけなんですよ。
『左ききのエレン』第10話より
片桐 あれはいいですよね。
かっぴー あくまで凡才の人なんですけど、自分を信じてはいる。それでもなんともならない人もいる中で、どうあがいていくかなんです。光一は30代を迎えて、人生の岐路に立たされるんですけど、それにどう立ち向かっていくかが描きたいんです。
構成:小泉ちはる
(次回は8月18日公開予定)