横浜1963

ずっとアウトサイダーだった

米海軍横須賀基地の犯罪捜査部に事件の捜査協力を仰ぐソニー。
そこで日系アメリカ人・ショーン坂口と出会う。
ソニーとショーン、2人の運命的な出会いとともに第2章の幕が上がる。

AREA-2 Outsiders よそ者たち

 ──あれが、おじいちゃんなの。
 ロサンゼルス市警のボートが、うつ伏せに浮いている死体にかぎさきの付いた棒を引っ掛け、引き寄せている。ショーンの両肩を摑む父の手の力が強まる。
 その〝祖父らしきもの〟は、二人の警察官に腋の下を摑まれ、ボートに引っ張り上げられた。その下半身は最近、パルプマガジンで見たロボットのように硬直している。
 ──やっぱり、おじいちゃんだ。
 ちらりとその横顔が見えた。それは間違いなく、いつも笑みを浮かべてショーンの髪を撫でてくれた祖父のものだった。
 ショーンの胸に、じんわりと悲しみが広がる。
 ──あの報告書によると、殺された女性も、祖父と同じように湾口付近に浮いていた。
 祖父の場合、ある程度の覚悟はできていたに違いない。しかも辛いだけの人生であっても、精一杯生きたという達成感は持っていたはずだ。
 ──だがあの女性は、これからという時にすべてを断ち切られた。
 ショーンの脳裏では、引き上げられている水死体が、祖父ではなく報告書に挟んであった写真の女性のものに変わっていた。
「ショーン、このオールド・ドールを見て」
 食器を片付け終わった妻のアネットが、ソファーで物思いにふけるショーンの横に座った。
 その衝撃とスプリングの軋み音が、ソニーを現実に引き戻す。
「ああ、日本人形か」
 人形は極彩色の着物を着て、扇子を手に持ち、体を奇妙な格好に捻じ曲げていた。日本舞踊を舞っているのだ。
「今日、ブリッグス・ベイの前でやっていたバザーで見つけたの。かわいいでしょ」
「ああ、そうだな」
 いかにも関心なさそうに、ショーンが人形を置く。
「ショーン、何を考えているの」
「いや、何も」
 アネットの問いかけに、ショーンは空返事した。
 ソファーの前に置かれたFENテレビでは「Armed Forces Digest」が放送され、軍服姿のキャスターがベトナムの戦況を伝えている。
「それならいいけど。いつものあなたとは違うみたい」
「仕事をしていれば、いろいろあるさ」
「あら、そうなの」
 仕事という言葉を出せば、アネットはそれ以上、突っ込んでこない。ショーンは機密性が高い仕事に携わることもあるため、家族に対しても、かんこうれいが敷かれているからだ。
 妻とは結婚してかれこれ十年になる。本土の日系人パーティで知り合い、三カ月と付き合わず結婚した。彼女の両親も日系二世なので、日系三世どうしの結婚になる。
 九歳になる一人息子のジェイミーは今、サマーキャンプに行っているので、今夜は夫婦二人だけなのだが、ショーンは若い頃のような気分になれなかった。
「差し障りのない範囲で話してみて」
「そうだな」
 ショーンは、事件の内容には触れずに思っていることを口にする気になった。
「たいしたことではないんだが、今日、NISに日本人の警察官がやってきたんだ」
「へえ、それで」
 テーブルの上には、AWのルートビアーが置かれている。最近、ビールの消費量が多くなり、少し腹の出てきたショーンのために、アネットが勧めているのがルートビアーである。しかしその糖分の多さを思えば、アルコール中毒は未然に防げても、肥満対策にはなっていない。
「その日本人の顔は、Honkyそのものなんだ」
 Honkyとは、黒人たちが白人を蔑視する際に使うスラングである。
「つまりハーフってこと」
 さりげなく飲みかけのクアーズを引き寄せたアネットは、ショーンの前にルートビアーを置いた。
「ああ、そうだと言っていた」
「それが、なぜ気になるの」
「いや──」
 テーブルの上に置かれたルートビアーの栓を抜くと、白い泡が噴き出した。それを気にせず一口飲んだが、甘ったるくて飲めたものではない。
「外見は日本人にしか見えない俺と、その真逆の奴を見て、人生の皮肉を思ってね」
「それがどうしたっていうの。大事なのは見た目や人種ではなく国籍よ」
「そんなことは分かっている。われわれは日系人だが、勝者であるアメリカ合衆国の国民だ」
「そうよ。だから私たちは、こうした豊かな生活を享受できているのよ」
「これが豊かな生活かい」
 ショーンの片頰に皮肉な笑みが浮かぶ。

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この連載について

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