あの子の名前を知らないままだと、今でも時折考える。
その時私は5歳くらいで、地元のデパート・イトーヨーカドーの屋上で遊んでいた。あまり光景が思い出せない。ただ覚えているのは、強い恐怖と、あの子の歌だ。
“まくら たべたい カルシウムになるよ”
3拍子の歌を歌い身を揺らしながら、私よりもだいぶ大きなあの子は私に近づいてきた。意味不明だった。顔は私に向いているのに、黒目は天井を向いていた。体が震えた。私は混乱し、火がついたように泣いて逃げ出した。
その後の記憶が私にはない。大人になってから聞いたのだが、私が逃げたあと、私の親はあの子の親に平謝りしたらしい。あの子は、私の入った小学校にいた。すでに高学年だったあの子を怖がったり、じろじろ見たりする一年生たちに、先生はこう言った。
「障害のあるお友だちとも、仲良くしましょうね」