■『血と霧』のお話、後篇
──そうした過程を経て、血の価値を決める三属性(明度、彩度、色相)が生まれたのですね。加えて、今回は血による能力が設定されています。記憶を探ることができたり、体を強化できたり……その設定はどのように生まれたか教えて下さい。
多崎 古くから吸血鬼の能力といわれているものを、分類化してみたら面白いかなと思いまして。たとえば『吸血した相手を精神的に支配する』のが『精神侵食』、『吸血した相手の肉体を自由に操る』のが『神経侵入』、『コウモリやオオカミに変化する』のが『肉体強化』といった具合に。『精神侵食』と『神経侵入』に関しては、血の中に記憶が宿るという設定上、吸血した相手ではなく、自分の血を飲ませた相手に作用することになってしまいましたが。
──『夢の上』の宝石、『八百万の神に問う』の音、『〈本の姫〉は謳う』の文字、本など、作品ごとにキーワードとなるものが登場しますが、物語が決まってから題材を探すのでしょうか? それとも題材が先でしょうか?
多崎 強いて言うなら物語が先……でしょうか。まずは「こういう物語が書きたい」という大筋があって、その物語に相応しい世界観と題材を合体させます。日々の暮らし、すべてが題材探しです。映画やドラマを見たり、小説や科学雑誌を読んだりして、面白いと思った物事はすべて書き留めておくようにしています。なので、厳密に言えば題材が先に生まれている場合もありますが、それに合致する物語がなければ陽の目を見ることもないので、やはり物語が先ですね。
──町医者のクレア、裏社会を取り仕切る妖艶なジョオンなど個性豊かな登場人物が多数登場しますが、彼らも世界観と一緒に生まれたのでしょうか? 多崎さんの描く登場人物の性格を見ていると、人間の善意を大切にしているのではないかと感じました。特に多崎さんが気に入っている登場人物がいましたら、合わせて教えてください。
多崎 物語を考えるとき、一番後回しにしてしまうのが登場人物設定です。実際に書いてみるまで性格が決まらない者もいます。登場人物を物語世界の中に置いてみないと、彼らの気持ちが理解できないみたいです。人の善意を大切にしている……人の善意を信じたいと思っている登場人物は多いですね。現実世界ではなかなか通用しない理想論だからこそ、せめて物語の中ではそういう人間を格好よく書きたいと常々思っています。弱くて愚かな人間達が、自分の信じるもののために死力を尽くし、不可能と思っていたことを成し遂げる。そういう姿に魅力を感じていただけたら嬉しいです。
あと『血と霧』の中で一番好きなのは女性兵士のティルダです。登場人物の中で、一番最初に出来たのも彼女です。一巻では出番が少ないのですが、二巻には見せ場がいっぱいあるので、個人的に楽しみです。
──『血と霧』のなかには、多崎さんの作品を追いかけている読者には馴染みのある単語がいくつか出てきます。『煌夜祭』ともしかしてつながりが……! と思う場面もあるのですが、そのあたりについて少し伺うことはできますか?
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