第164回 計算の形(後編)

「ユーリって天才? 新しい複素数のカタチ、考えたよ!」とユーリは喜ぶけれど……「広がる複素数」第2章後編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

$ \newcommand{\HIRANO}{\unicode[sans-serif,STIXGeneral]{x306E}} \newcommand{\ABS}[1]{\bigl|\,#1\,\bigr|} $

僕の部屋

ユーリは、複素平面を使った数学トークを楽しんでいる(第163回参照)

「こんなふうに《複素数》を複素平面上の《点》だと考えると、《複素数の計算》は《点の移動》として考えることができるね。 だから、計算でいろんな形を作ることができる」

ユーリ「そだね……ふよよ?」

「ふよよ?」

ユーリ「ちょっと待って、いまひらめいたことがある。《複素数》を複素平面上の《点》として考えるって、 そーじゃなきゃいけないわけじゃないよね?」

「どういうこと?」

ユーリ「だーかーら! 《点》じゃないもので《複素数》を考えてもいーよね?」

「うーん、まだよくわからないけど、ユーリはどんなことを考えてるの?」

ユーリ「複素数$a + bi$があるでしょ? それって二つの実数じゃん?」

「まあそうだね。$a$と$b$は実数で、だからこそ$(a,b)$という点が複素数に対応している」

ユーリ「てことは、二つの実数を図に描けば、それは複素数になるよね?」

「……ごめん、お兄ちゃんには複素平面上の点しか思いつかないんだけど」

ユーリ「こーゆーの! すごくシンプル! 《線分》で表すから、名付けて《複素線分》なんちゃって」

ユーリの考えた《複素線分》

「ええと、これは、複素数$a+bi$の$a$と$b$を線分で結んだってことかなあ」

ユーリ「そだよ。もちろん。見ればわかるじゃん」

「なるほどね。確かに、これは複素数を表しているな」

ユーリ「でしょでしょ? ね、ユーリって天才? こんなの考えるなんて、将来が楽しみ?」

「確かに、$a+bi$はこの《複素線分》に対応しているから、複素数を図で表しているといえるね。ただ……」

ユーリ「ただ? 何か文句あるの?」

「いや、《複素数》という数と、この《複素線分》という図とは、どういう関係になっているのかな、って思ったんだよ。 ほら、《複素平面》の場合には、 《複素数を加える》ことは《平行移動》になっていたよね」

ユーリ「この《複素線分》だって同じだよ! だって、ほら、$a + bi$に$1 + i$を足したら……ね? 平行移動してる!」

$(a + bi)+(1+i)$を《複素線分》に図示

「なるほど……いやいや、それは違うな。それはたまたま平行移動になっているだけだよ。《$1 + i$を加える》っていうのは、 実部と虚部に同じ数を加えているから、たまたま平行移動になったんだ。 たとえば、$a + bi$に$2-i$を足してごらんよ」

ユーリ「え……あ……そっか」

$(a + bi)+(2-i)$を《複素線分》に図示

「確かに、ユーリが考えた《複素線分》は《複素数》を図で表しているといえる。それはまちがいないし、すごいことだと思うよ。 でも《複素数》を《複素線分》という図で表して、 どんな意味があるのかは、よくわからないなあ……」

ユーリ「むー……そっか。図で表せばいいってもんでもないんだ」

「そうだね……」

ユーリ「あ、でも、《複素線分》でもいえることあるよ!たとえば、$a + bi$を$2$倍すると、$2a + 2bi$になるから、 《複素線分》は平行移動になる!」

「え? ならないよ、たとえば$1 + 2i$を$2$倍したら$2+4i$だよね」

$2(1 + 2i)$を《複素線分》に図示

ユーリ「ありゃ。ならないか……むー」

「ならないね。そう考えると、やっぱり《複素平面》というのはなかなかすぐれた表し方なんだね」

ユーリ「《複素平面》だと《$2$倍》ってどーなるの?

「考えてみればわかるよ。たとえば、$2$の点は$4$に移動するし、$-2$の点は$-4$に移動するよね」

ユーリ「え? あ、そだね。$0$の点は動かない。だから、実数はぐわーっと広がる感じ?」

実数を$2$倍した様子

「そうそう。それから、$2i$の点は$4i$に、$-2i$の点は$-4i$に移動」

ユーリ「あ、わかった! $0$を中心にして、みんなぐわーっと広がるんだ!」

複素数の点を$2$倍した様子(格子点)

「そうだね。《複素数$a+bi$を$2$倍する》というのは、《点$(a,b)$を$(2a,2b)$に移す》という操作に対応する。 そしてそれは円が広がるような操作になるんだね」

複素数の点を$2$倍した様子(円状)

ユーリ「なーるほど! 半径が$2$倍?」

「そうだね。そしてね、原点$(0,0)$と$(a,b)$との《距離》を計算してみると、 《複素数を$2$倍する》と、《複素数の絶対値が$2$倍になる》し、 《原点からの距離も$2$倍になる》ことが数式で確認できるよ」

ユーリ「数式? 距離?」

「ほらほら、ピタゴラスの定理で説明したよね。複素数の絶対値!」

複素数$a + bi$の絶対値$\ABS{a + bi}$


$$ \ABS{a + bi} = \sqrt{a^2 + b^2} $$

「$\ABS{2(a + bi)}$が、$\ABS{a + bi}$のちょうど$2$倍になるのはかんたんに証明できるよ。 計算すればいいんだ」

$$ \begin{align*} \ABS{2(a + bi)} &= \ABS{2a + 2bi} && \text{展開した} \\ &= \sqrt{(2a)^2 + (2b)^2} && \text{絶対値$\HIRANO$定義にあてはめた} \\ &= \sqrt{4a^2 + 4b^2} && \text{カッコをはずした} \\ &= \sqrt{4(a^2 + b^2)} && \text{$4$でくくった} \\ &= \sqrt{2^2 (a^2 + b^2)} && \text{$2^2 = 4$だから(ルート$\HIRANO$外に$2$を出す準備)} \\ &= 2\sqrt{a^2 + b^2} && \text{ルート$\HIRANO$外に$2$を出した} \\ &= 2\ABS{a + bi} && \text{絶対値$\HIRANO$定義にあてはめた} \\ \end{align*} $$

ユーリ「なーるほど……」

「だから、$$ \ABS{2(a + bi)} = 2\ABS{a + bi} $$ が証明できた」

ユーリ「お兄ちゃんって、こういうとき数式出すの好きだよね。さすが《数式マニア》の二つ名はダテじゃないにゃ」

「その二つ名を口に出すのユーリだけだよ、言っとくけど。それにこれはマニアってほどじゃない計算だし」

ユーリ「そーなんだ」

「だって、証明したいことは$\ABS{2(a+bi)} = 2\ABS{a+bi}$なんだから、何とかして$2$をくくり出せ!という方針がはっきりしてる」

ユーリ「そっか」

「ともかく、$a$と$b$という文字を使って計算したから、複素平面のどんな点に対しても$\ABS{2(a+bi)} = 2\ABS{a+bi}$がいえると断言できる。 数式はそこがいいんだよ。たった一言で《すべて》を扱えるんだから。 文字を使えば一般化して議論ができる」

ユーリ「はいはいはい、熱弁だにゃあ。ところでね、いま$2$と書いたところも《いっぱんか》できるの?」

「それはすばらしい指摘だな! そうだね……うん、じゃ、これを証明するのかな?」

問題(?)
$a, b, r$を実数とする。このとき、以下の式が成り立つことを証明せよ。 $$ \ABS{r(a + bi)} = r\ABS{a + bi} \qquad \text{(?)} $$

ユーリ「そだね……あり? おかしくない?」

「なにがおかしいのかな」

ユーリ「だってね、$r = -2$のとき、変なことになるもん」

「よく気付くなあ。そうだね。さっきの式はすべての実数$r$で成り立つとは限らない。 $r \geqq 0$という条件が必要になるね」

問題
$a, b$を実数とし、$r$を$0$以上の実数とする。このとき、以下の式が成り立つことを証明せよ。 $$ \ABS{r(a + bi)} = r\ABS{a + bi} $$

ユーリ「これ、さっきと同じ計算すればいーってことだよね」

$$ \begin{align*} \ABS{r(a + bi)} &= \ABS{ra + rbi} \\ &= \sqrt{(ra)^2 + (rb)^2} \\ &= \sqrt{r^2a^2 + r^2b^2} \\ &= \sqrt{r^2(a^2 + b^2)} \\ &= r\sqrt{a^2 + b^2} \\ &= r\ABS{a + bi} \end{align*} $$

「そうだね。そして、$\sqrt{r^2(a^2 + b^2)} = r\sqrt{a^2 + b^2}$のところで、$r \geqq 0$を使ったことになる。 実数$r$を$2$乗してルートを取ったときに元に戻るのは、$r \geqq 0$のときだけだから。$r < 0$ならマイナスを付ける必要が出る」

実数$r$を$2$乗して、ルートを取ったらどうなるか
$r \geqq 0$のとき、 $$ \sqrt{r^2} = r $$ が成り立つ。
$r < 0$のとき、 $$ \sqrt{r^2} = -r $$ が成り立つ。

ユーリ「これ、さっきお兄ちゃんが言ってた話じゃん」

「そうだっけ」

ユーリ「これって、$r$の《絶対値》ってことだよね!」

実数$r$を$2$乗して、ルートを取ると絶対値になる
$$ \sqrt{r^2} = \ABS{r} $$

「おっと、そうだね、その通り! だから《$r$倍した複素数の絶対値》は、《複素数の絶対値の$\ABS{r}$倍》といえる」

$r$倍した複素数の絶対値は、複素数の絶対値の$\ABS{r}$倍
$$ \ABS{r(a+bi)} = \ABS{r}\,\ABS{a + bi} $$

ユーリ「ねーお兄ちゃん。絶対値って《大きさ》みたいなもの?」

「まあ、そうだね。ある意味では複素数の《大きさ》みたいなものだね。絶対値は必ず$0$以上になる。マイナスにはならない」

ユーリ「実数でも複素数でもそうだよね。絶対値」

「そうそう、そうなるね。さっき(第163回)も話したけど、複素数の絶対値の定義は、実数の絶対値とうまく合っている。 複素数$a+bi$で$b = 0$にしたときにはちょうど実数の絶対値の定義になっているから」

$b = 0$のとき、$\ABS{a+bi} = \ABS{a}$になる $$ \ABS{a+0i} = \sqrt{a^2+0^2} = \sqrt{a^2} = \ABS{a} $$

ユーリ「でね、でね、《大きさ》は絶対値ってわかったけど、《向き》はどこにあるの?

「《向き》はどこにあるか?」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

shigezolo 傾きだけに、b/a(a<>0)と思った自分は浅はかでしたが、θの導入は(結果的には当然なのですが)エレガントだなあ、と思ってしまった。 4年弱前 replyretweetfavorite

haibara_art 単位ベクトルから極形式へと。楽しいなぁ。 4年弱前 replyretweetfavorite

aramisakihime 複素数平面から1次変換・ベクトル・三角関数あたりを経由して極形式へ。広がりとつながりがちりばめられていますね。 4年弱前 replyretweetfavorite

chibio6 複素数の二つの表し方、納得した。 4年弱前 replyretweetfavorite