■ごあいさつ
これから新人SF考証としてサンライズにおける最先端のアニメ製作現場をレポートします、高島雄哉です。小説やエッセイを書いています。2014年に創元SF短編賞を受賞し(同年、ハヤカワSFコンテスト一次通過、星新一賞入選)、つまり作家としてはまだまだ新人です。そんなぼくがこのたび何とあのサンライズの劇場公開作品『ゼーガペインADP』のSF考証をすることになりました。
出版業界に慣れる前に今度はアニメ業界へということで、「きみは生き延びることができるか」とどこかから聞こえてきそうですが、新人SF考証として勉強しながら、サンライズの現場で体験したことをリアルタイムでお伝えしていきます。
■SF考証とは
SF映画にはたいていSF考証・SF設定・SF協力といったスタッフがいます。ぼくは『ゼーガペインADP』のSF考証です。
役職名が複数あるのは、仕事内容が多様だからでしょう。ここ数日ぼくが触れたものだけでも大きく三つに分類できます。まずは『ゼーガ』世界の科学力に照らして整合性のあるレベルの情報端末の機能を考えたり、あるいは矛盾のない範囲内でありうる複数のストーリー展開を提案したりという《アイデア系》の仕事です。さらにはシナリオ内の科学用語やSF用語のチェックおよび別用語の提案という《テキスト系》の仕事や、情報端末などをデザインする《ビジュアル系》の仕事までありました。
作品ごと担当者ごとにSF考証の役割も大きく異なると思いますが、SFや科学に関する情報を整理し提案することで、作品世界をより魅力的にしていくという点では一致していると思います。
■サンライズ
今ぼくは今年10月15日から劇場公開される『ゼーガペインADP』の新人SF考証として、サンライズに毎週のように通っています。
サンライズについては改めて説明するまでもないでしょう。『ガンダム』シリーズを始めとしたSFロボットアニメに加え、昨今は『ラブライブ!』シリーズも勢いのある最大手のアニメ制作会社です。
東京都杉並区にはたくさんのアニメ制作会社が集まっており、サンライズも杉並区上井草に本社や多くのスタジオを持っています。たまたまぼくは杉並区荻窪に住んでおり、上井草のスタジオにはバスに乗って15分ほどで行くことができるのでした。
■劇場公開作『ゼーガペインADP』←テレビシリーズ『ゼーガペイン』
今回ぼくがSF考証をすることになりました『ゼーガペインADP』は、ちょうど十年前2006年のテレビシリーズ『ゼーガペイン』を劇場版として発展させる作品です。
劇場公開は2016年10月15日。2016年8月の今、作業はいよいよ大詰めで、スタッフはみんな毎日忙しく作業しています。
『ゼーガペイン』はジャンルでいえばSFロボットアニメですが、「量子コンピュータ」「人工知能」「情報とのインタラクション」など、今も最先端のハードSFといったほうが正しいでしょう。
主人公は舞浜南高校1年生のソゴル・キョウ、声は浅沼晋太郎さん。幼なじみのカミナギ・リョーコを演じるのは花澤香菜さん。二人の先輩ミサキ・シズノに川澄綾子さん。三人が世界の秘密に触れていくジュブナイルとして見ることも可能です。
この作品を見た人が、見ていない人に薦めるとき、「(全26話中)6話まで見て」と言うことがあります。6話「幻体(げんたい)」では、作品世界の秘密が(一部)明かされます。それは優れてSF的に美しく悲壮な仕掛けで、未見の方はぜひご自身で確認していただきたいですが、そこまで見てしまったらあとはもう否応なく見続けてしまうというわけです。
とはいえ1話から5話でも「VR(仮想現実)」や「AR(拡張現実)」など、2006年の作品とは思えない、2016年になってようやく現実が追いついたようなアイデアが惜しげもなく織り込まれていて、冒頭から十分すぎるほど面白い作品です。
■新人作家にSF考証は可能か
ぼくは元々放映当時からファンで、まさかスタッフとして制作に参加できるとは思ってもいませんでした。「異なる世界が重なり合う」というのもゼーガペインの大きなテーマですが、ここ数ヶ月サンライズで体験していることはまったく知らないことばかりで、まさに世界が多層化するゼーガ的SF世界になっているのでした。
先達の皆様にもお話をうかがう時間もなく始まって、今はひとまず自分流でSF考証をしています。
ぼくは子供の頃から映画が好きで、SF考証という仕事には昔から興味がありました。どうすればなれるのかはわかりませんでしたが、もしかすると小説家よりも先に憧れた仕事だったかもしれません。十年前にはそのあたりの願望が混ざったような「物理学科の男子学生に美しい女性作家からSF考証の依頼が来る」という内容の小説も書いたことがありました。それは純文学の新人賞に応募して落選してしまいましたが、ともかく仕事として興味はずっと持っていたのでした。
■メディアの違いに触れて
ぼくは初め、アニメでも小説でも、SF的なアイデアを考えることに関しては同じだろうと考えていました。だからぼくにお声がかかったのだろうと。
もちろんアイデアの元となる情報の収集については、事情はほとんど変わりません。インターネットや図書館あるいは現実世界で使えそうな情報を探すことが中心になります。
しかしその情報をどのように作品に落とし込むかという点で、小説とアニメは大きく異なります。
アニメは時間芸術であり、文字はセリフとして声優さんが発声します。漢字は見れば意味がわかる表意文字ですが、アニメのセリフは基本的に表示されませんし、よほどの場合以外は補足説明も付きません。時間内に発せられる音として簡潔に伝わるものであることが要請されるのです。
というわけで、たとえばぼくがSF考証としてほぼ初めて提出した「超幾何級数型量子遮蔽」という単語は、小説であれば地の文で解説もできますし、表記上もそれなりに映える気もしますが、アニメのセリフとしては「ちょうきかきゅうすうがたりょうししゃへい」と、音だけでは意味が伝わりにくいため、あえなく却下となったのでした。その後、別の案を出しまして無事にそちらが採用されたのですが、どうなったのかは是非とも劇場で確認していただければと思います。
■今後の連載
単語ひとつについても、SF考証だけでなく、監督はじめ多くの人々が話し合い、様々な理由が絡み合って、徐々に決まっていきます。編集者さんと時々連絡する以外は一人で作業を進める小説とはまるで違う世界で、戸惑うこともしばしばですが、サンライズの全面協力もあり、スタッフ・キャストの皆様にも多くを教えていただきながら、SF考証として日々奮闘しております。
本連載ではSF設定のみならず、企画からアフレコや編集まで、アニメ製作の全工程をレポート。舞台挨拶や各種イベントの様子もできるかぎり入れ込んでいきます。SF考証の先達の方々にもお話をうかがう予定ですので、みなさまどうぞお楽しみに。
次回は、どうして新人作家であるぼくがSF考証をすることになったのかという経緯と、サンライズのある上井草やスタジオ内部の様子をレポートします。
これからどうぞよろしくお願いします。