先輩をうやまえ。
どの組織でも、日本ではこれが当たり前とされている。たかだか数年、数十年先に生まれただけの人を、なぜ無条件にうやまう必要があるのか? 心から尊敬できる先輩なんて、長い人生において両手のゆびに収まるかどうかだと思うのだけど。
学校の中だって、模範的な生き方をしてる教師の方がめずらしい。「この人の生きざま、いいな」と尊敬できる人は、そう簡単に見つからない。
それだけに、去年から勤務する高校で心から愛すべき大先輩にめぐり逢えたのは、とにかく幸運だった。
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職員室で異彩を放つU先生は、相棒たるカバのぬいぐるみをいつも胸ポケットからのぞかせている。彼は僕と同じ地歴公民科の先生で、年は30以上離れている。
昨年4月の入学式の日。赴任して早々に担任となった僕が新入生とともに体育館から教室に向かう途中、U先生はお手製横断幕をかかげて待っていた。〈ご入学、心からお祝いしまーす!〉とある。そして相棒のカバを胸に、歩きゆく新入生と僕に手をぶるんぶるん振りながら、連呼してくれた。「おめでと——うっ!」
「誰だ、あれ!?」 新入生は当然ながらその反応。笑顔でうなった僕は、生徒に言った。「いやぁ、君たちも僕も、おたがい良い学校に入ったな〜!」 僕はうれしくなった。この学校では、あれくらいやってもいいんだ!
かつてブラックな一般企業で働いてたときも、同僚にだけはとにかく恵まれた。先輩風を吹かせて意味のない説教をする人はいなかった。この学校でもまた、面白い先輩にめぐり逢えるかも。春風のなか、心がおどった。
お茶目だけど、授業は妥協しないU先生
U先生は茶目っ気あふれる。4月最初の授業がはじまると、先生は「イェーイ!」と両手のこぶしを突き上げたオリジナル・ポーズで登場する。そしてア然とする生徒を前に、相棒とともに自己紹介。その相棒は毎度の授業に連れてこられる。ときにはその兄弟、縁戚のカバも一緒に。
ゆかいな先生ではあるけれど、授業は容赦なし。教えつづけて30余年の授業のレベルはうんと高く、脱落してフテ寝する生徒もちら、ほら。政治、経済、社会、歴史、科学、そして文化や思想が縦横無尽に編みこまれた授業は、そこいらの大学のセンセイの講義よりはるかにハイレベルのはずだ。
そんなU先生の授業を見学したあと、「授業中寝てる生徒への対処って、どうしてますか?」と質問すると、彼はこう答えた。
「そのまま、そのまま。何日かすると、また真剣にこっちを向いてくれてるから。面白いね。みんなそれぞれペースがあるんだね。よくさ、『うちの生徒は勉強しない。出来がわるい』って簡単に言う先生いるじゃない? あれは違うよ、絶対ちがう。教える側がおごっちゃいけないよ。プン、プン!」
僕はちょっとうるっときた。とあるベテランのセンセイに、何度も何度もキツいお叱りをいただいた時期だったから。「キミの担任のクラスだけ、私の授業がうまくいかない。どうも生徒の質が悪いんだなぁ……」と。自分の授業への自信が大きいセンセイほど、うまくいかない授業の責任を生徒に押しつけやすい。
U先生から「間接的に」励まされたおかげで、僕は元気が出た。お叱りいただいたベテランのセンセイとはちがった教師になるぞ。そう思えた。
U先生の授業の人気は、在校生はもちろん卒業生のあいだでも高い。一生懸命復習してもよく理解しきれず、もやもやを抱えながら卒業したけど、大学に入ってからノートを見返すと、やっと本当の“すごみ”がわかった。彼らはみなそう言う。
そうした授業は、やろうと思ってできるものじゃない。僕のようなペーペーが猿まねしても、やけどするだけ。でもいつかは先生のように、卒業後にたびたび思い出してもらえるような授業がしたい。
彼の授業は一種の「芸(アート)」。演劇の素養にもあふれる先生は、まさに一枚目の「役者」。
U先生が職員会議で放った一言
U先生は自由を愛し、弱き者へそっと寄りそう「リベラル(自由主義者)」。今どき「リベラル」なんて流行らないかもしれないけど、筋金入り。
もちろん、「本物」は自分の主義・主張などおくびにも出さないし、ただ態度でそれを示すのみ。
空き時間の先生は、いすに座りつづけての仕事が持病の腰痛にひびくからか、冗談を言って周囲を笑わせながらストレッチしていることが多い。
一転、職員会議でのキレはすさまじい。学校経営や将来の方針におかしな点があれば、理路整然と相手をえらばず異議をとなえる。僕が学校に勤める前、先生は当時の管理職にこう言い放ったという。「恥を知りなさいっ!」
「またクルマを買い換えたんだけどさ、今度は外車にしてみたよ」といったブルジョアな会話も職員室からもれ聞こえる中、U先生は毎日、最寄り駅から学校までの20分近くを足早に歩く。僕もその背中を追いかけ、バスは使わずなるべく歩く。
そんな彼に、僕はまたも「間接的に」助けられることになった。