宇宙探査と人工知能

近年、目覚ましい発展を遂げている人工知能研究。『宇宙兄弟』でも、AIロボットのブギーが、ムッタたちジョーカーズとともに月面探査で活躍中!
これからの宇宙開発において、人工知能の搭載は大きな進歩になる、と考えているNASAで働く日本人技術者の小野雅裕さん。その理由とは…?人工知能の発展から広がる、宇宙探査の可能性をお届けします!

火星など深宇宙に人類を送り込むための宇宙船は、攻撃型原子力潜水艦と同レベルの複雑さを持つシステムになるだろうとも言われている(NASA Strategic Space Technology Investment Plan, 2012より)。しかし、潜水艦は100人以上のクルーによって操縦されるのに対し 、有人宇宙船のクルーはせいぜい4人ないし6人である。 火星に行く宇宙飛行士は、千手観音でなくてはならないかもしれない。

日本人宇宙飛行士も乗り込む 国際宇宙ステーションも非常に複雑で、クルーは6人だけだ。だが、 6人だけですべてを切り盛りしているわけでは全くない。実は、宇宙ステーションの運用の大部分は、ヒューストンや筑波に24時間常駐する大勢の地上スタッフによって遠隔で行われている。宇宙ステーションは地球のすぐ近くを飛んでおり、通信のタイムラグがほとんどないため、遠隔でも地上スタッフが異常やトラブルに即時対応できる。

だが、火星行きの船ではそうはいかない 。火星から地球までは光のスピードで片道最大20分かかる。「もしもし」と呼びかけて 「はいはい」と返事があるまでに、往復で40分もかかってしまうのだ。船で何か異常が発生した時、地球からの指示を40分も待っていては、手遅れになってしまうかもしれない。

では、どうすればたった数人のクルーで、地球の管制官に頼らずに、高度に複雑な船をミスなく操縦できるか。

答えは、人工知能にある。

* * *

木星の衛星エウロパや、土星の衛星エンセラドスは、表面全体が氷に覆われている。南極がそのまま星になったようなものだ。そして厚さ5 kmから40 kmにもおよぶ氷の層の下には、液体の水をたたえた地底の海が存在すると考えられている。

この地底の海こそが 、地球外生命がいる可能性が最も高いと思われている場所なのである。人がそこへ行くのは困難だろう。だが無人探査機ならできる 。

しかし問題は、地底の海には 地球からの電波は直接届かないことである 。だから、現在の殆どの無人探査機のように、地球から遠隔で逐一指示を送ることは難しい。

たとえ通信ができたとしても、往復のタイムラグは、エウロパで約100分、エンセラドスで約3時間にも及ぶ。

では、どうすれば無人探査機は遠く離れた星で人間の指示なしに探査を行い、 地球外生命体との遭遇を果たせるのか。

答えは、人工知能にある。


人工知能とは何か?

しかしそもそも、最近世間を騒がせている「人工知能」とは一体何なのだろうか。

実は、 「人工知能」の定義は非常に曖昧である。そして、「自動化技術」と明確に区別されるものではない。

たとえば、ビルの自動ドアと、先日に囲碁のチャンピオンを破った「アルファ碁」との間に、明確な境界線があるわけではない。前者はセンサの信号を入力として、ドアの開け閉めを出力とするアルゴリズムである。後者は盤面を入力として、次の最適な一手を出力とするアルゴリズムだ。

違いは、扱うことのできるタスクの複雑さのみである。ただ、複雑さに、天と地ほどの違いがあるのだ。

「人工知能とは自我や意志を持ったソフトウェアのことである」という人もいるかもしれない。SFでは、『2001年宇宙の旅』のHAL9000や、『宇宙兄弟』のブギーのように、自我を持つ人工知能が登場する。

しかし、現代の人工知能の研究者のほとんどは、「自我」や「意志」といった問題には立ち入っていない。ただ単に、より複雑なタスクをこなせるアルゴリズムの開発に邁進しているのみである。

そもそも、人間の「自我」や「意志」も、単なる幻影に過ぎないと考える学者もいる。

昆虫の反射的行動と、人間の知能との違いは、自動ドアとアルファ碁の違いのように、単にこなせるタスクの複雑さの差のみかもしれない。

あなたは機内食をビーフにするかチキンにするか選ぶとき、自分の「意志」がそれを決めていると思っている。でもそれは単に、 過去から現在までの五感を入力にして、脳が複雑なアルゴリズムを走らせ自動的に処理した結果ではないと、誰が言い切れるのか?

人工知能も、どんどんこなせるタスクが複雑化し、「私の幸せとは何か」というような問題にも 答えを見つけられるようになったら、「自我」や「意志」を持つように見えるのかもしれない。

もちろん、現在の人工知能 はまだその段階には至っていない。だから、「人工知能」と呼ばれるものは、ある程度複雑なタスクをこなすことのできる自動化アルゴリズムである、と思って差し支えない。


既に宇宙で活躍する人工知能

そのような意味での人工知能は、既に宇宙探査の最前線で活躍している。

たえば、 地球ではまだ実用化の途上にある自動運転は、火星では 12年も前から使われている。2004年に火星に着陸したローバー、SpiritとOpportunityには、AutoNavと呼ばれる自動走行機能が搭載されており、人間の指示なしに障害物を避けながら目的地へ走行することができる。

火星ローバーには、人工知能による「科学者」も搭載されている。AEGIS(イージス)と呼ばれるアルゴリズムなのだが、これは科学的価値の高い岩を画像から自動で判別することができる。

古い例では、1998年に打ち上げられたDeep Space 1という無人探査機に、Remote Agentと呼ばれる人工知能が搭載されていた。僕のMITでの指導教官だったBrian WilliamsがNASAにいた頃に開発したこのアルゴリズムは、人間の指示なしにアクティビティーを計画したり、故障診断をしたりする機能を持っていた。

現在も人工知能の技術は日進月歩で、宇宙探査の手をさらに困難な目的地へと拡げるのに大きな役割を果たそうとしている。

だが、死角はないのか。課題はないのだろうか。


人間の「不安」が最大にして最後の壁

もちろんある。 技術的課題も多くあるが、もしかしたらそれ以上に高い壁は、使う側である人間の「不安」かもしれない。

これは宇宙でも地球でも同じだろう。たとえば車の自動運転技術に反対する人たちは、もし人工知能が間違いを起こして人身事故を起こしたら どうする、と言う。

人工知能に限らず、どんな技術でもそうだ。人間の過度な不安が様々な新技術の導入の足かせになってきたことは、よくご存知のことと思う。

宇宙探査では事情はもっと厳しい。失敗のコストが非常に大きいからだ。

地球周回ミッションならば、失敗してもすぐに再チャレンジできる。だが、例えば火星に行くチャンスは2年に一度しかやってこない。

費用も膨大だ。例えば最新の火星ローバーCuriosityの総コストは、約2000億円である。(ちなみにH2AやFalcon 9ロケットの打ち上げコストは100億円前後。)

もし火星ローバーの自動運転アルゴリズムが致命的な間違いを犯したら 、2000億円が吹き飛ぶ上に、次のチャンスが来るまで2年も待たなくてはいけない。

そして、宇宙は良きにつけ悪しきにつけ、世間の注目を集める。全米で毎年3万人以上の人が交通事故で命を落としても大したニュースにならないが、宇宙で数人が 死んだらその年のトップニュースになる。

これほど失敗のコストが高くては、人が不安になり、新技術採用に保守的になるのも、無理はないかもしれない。

だが実際は、思慮深く設計された人工知能は、車や宇宙探査をむしろ安全にすることができる。

たとえば、2014年に全米で起きた交通死亡事故の72%において運転手が飲酒していた、という事実がある。その多くは自動運転によって防げたかもしれない。

宇宙でも同じだ。例えば1999年に、Mars Polar Landerという探査機が火星着陸に失敗した。

確かな原因はわからないが、もっとも可能性が高いと考えられているシナリオは、こうだ。

探査機のソフトウェアは、着陸時の衝撃を感知してエンジンを止めるようにプログラムされていた。ところが、降下中に 脚を展開した際の衝撃を着陸の衝撃と勘違いしてしまい、まだ高度40メートルもあるのにエンジンを切ってしまった。あとは、まっさかさまである。

もし、画像やレーダーなどの情報から探査機の状態を総合的に判断できる人工知能が搭載されていれば、この失敗は防げたかもしれないのである。

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宇宙人生—NASAで働く日本人技術者の挑戦

小野雅裕 /小山宙哉

世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関があります。それは、NASAのJPL(ジェット推進研究所)という組織。そんな宇宙探査の歴史を切り拓いたともいえるJPLで働く技術者・小野雅裕さんが目指すものとはーー。『宇宙兄弟』ス...もっと読む

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コメント

alpaca_moco の方が正確に速く判断できるのでは。 3年以上前 replyretweetfavorite