笑いのカイブツ

ピカソのゲルニカのようなカイブツが、切り落としたゴッホの耳を持って立ち尽くしていた。

2013年夏、東京に光を追いかけて、ツチヤさんは上京しましたが、うまくいかず、大阪に戻ります。そして、あの人の単独ライブに招待され、東京をさまよううちに、ツチヤさんはおかしな場所へ行き着いたのでした。
他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。

2013年8月、東京へ。
構成を担当したあの人のコンビの単独ライブに招待されたからだ。

むし暑くて、ジリジリする。
東京の雑踏が、苦い記憶を思い出させる。

一ヶ月ほど前、東京でうまくやれず、大阪に逃げ戻った。
アルバイトを二つ掛け持ちして、毎日ネタ作り。
バイトの残飯以外、ろくなものを食べず、寝ず、ギリギリの生活を続けたため、いつしか血便が常に出るようになった。
物理的にも精神的にも居場所はどこにもなかった。
大阪に帰ってからも体の調子がまるでもどらなかった。

東京の雑踏に立つと、焦燥と刹那の記憶がよみがえってくる。


もうすぐライブが始まるので、会場に入った。
たくさんのお客さんで、ロビーはごった返していた。
当日券を求めて並んでいる人達の列もあった。

劇場の座席に着く。幕が上がり、ライブが始まった。
あの人が僕と考えたネタをやっている。

次から次へと、砂嵐が、このクソみたいな世界に放たれる。
その砂嵐が、お客さんに何度もぶつかり、たくさんの人の笑い声が、僕のことを包み込んだ。
そのたびに、僕の心は暖かくなっていった。

エンドロールに自分の名前があった。

23歳だった頃。
ホストの体験入店を回りながら、ハガキ職人をやっていたあの頃、吉本の劇場で見たライブには、先輩作家の名前がクレジットされていた。

「2年後にはお前だって」

あの頃の、23歳の頃の自分に伝えられたら、どれだけ喜ぶだろう。

そんなことを思いながら、劇場を後にしようとすると、マネージャーさんに、最後にバックステージに行くように言われた。

漫才を終えたばかりの二人はキラキラしていた。あの人はうれしそうだった。
ボクは最後かもしれないと思って二人と話をした。
今でも、そのシーンは頭の中に残っている。

それから、人目が気になって逃げるように劇場を後にした。
東京でうまくやれなかった。迷惑をかけた現場の人たちもきっと来ている。


劇場を出た時だった。
いきなり僕の目の前に女性が現れた。

「突然、すいません」

その人は、全身真っ黒で死神みたいな外見をしていた。

「ツチヤさんですよね?」

なぜ、僕が僕だと分かったんだろう?

「これ読んで下さい」と言って、渡された手紙。
中身が怖くて、開けなくて、鞄に入れて電車に乗る。

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笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

初回を読む
笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

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コメント

kawauso_w なんかもう救いが欲しくて読んでしまう 3年弱前 replyretweetfavorite

oimoyasann |ツチヤタカユキ|笑いのカイブツ カイブツは一体どこへ行くのか… https://t.co/umHHygvctU 3年弱前 replyretweetfavorite

hiroyamasuka あれ、次回予定がない。” 3年弱前 replyretweetfavorite