横浜1963

母が俺に背負わせた十字架

ソニーは「横浜港女性変死事件」の捜査を再開するも、女性遺体の身元の手がかりになる情報を娼婦関係者からは得られなかった。
ところが、北海道警察から、手に入れた捜索願のリストに記されていた「赤沢美香子」の可能性が濃厚との知らせが入る。

 店を出たソニーは、気分転換に海を見に行こうと思った。
 夜風を切るようにして自転車を走らせると、鬱屈した気分も一掃される。
 小港から目と鼻の先にある本牧岬のじゆうてん山に登ると、漆黒の海が一望できた。尤も、この時間になると、灯りらしい灯りは沖を通る船くらいである。
 二年ほど前から始まった埋め立て工事により、本牧の景観は見るも無残に変えられていた。
 九歳の頃、一度だけ海水浴に行った宮原の海水浴場も、無味乾燥なコンクリートの護岸壁となっていた。
 ──思い出の地か。
 ある暑い夏の日、母の常連客の一人が、母とソニーを海水浴に連れていってくれたことがあった。
 たとえ疑似家族とはいえ、あの日だけは、両親のいる幸せをソニーは満喫できると思っていた。
 自分の姿は自分には見えないためか、いつしかソニーは、その疑似家族が、ほかの家族連れと何ら変わらないと思い込んでいた。男にも実際の父親のようになつき、アイスクリームや飲み物をねだったものである。母も笑みを絶やさず、「この子、今日はどうしたのかしら」と言って笑っていた。
 その日はソニーにとって、生涯で最も幸せな日となるはずだった。
 しかしそれも、近くにいた女性の心ない一言でぶち壊される。
「きっと、合いの子よ」
 その言葉の意味が分かるようになっていたソニーは、大きなショックを受けた。それからは男と母が、いかにソニーの機嫌を取ろうとしても、ソニーは自らの殻に閉じこもり、タオルで顔を隠すようにして泣いていた。
 二人とも、ソニーが泣いている理由が分かったのか、帰りのタクシーの中では、お通夜のように口をつぐんでいた。
 それからも幾度となく、ソニーは自分の顔を鏡で見た。おそらく実父の血が濃かったのだろう。純粋なアングロサクソンだと言い張っても、それに疑いを抱く者はいないはずだ。
 しかもソニーは美しかった。物心ついた頃から、「まるでお人形さんのよう」という言葉を、幾度となく聞かされてきた。
 それでもソニーは、そんな自分の顔を憎んでいた。日本人に近い顔さえしていれば、雑踏の中では見分けがつかない。大人になってしまえば、自分の母が娼婦だったことなど、誰にも分からない。
 しかしソニーは、これからも白人の顔をした日本人として生きねばならない。つまり生涯、〝らしゃめん〟の子という看板を背負っていくのだ。
 ──それが、母が俺に背負わせた十字架なのか。
 二十四歳になったソニーは今、どのような偏見をも受け流すことができるようになっていたが、少年の頃に受けた傷は、今でもうずく。
 自分ではどうしようもない運命のくびは、これからもソニーを締め付けるのだ。
「きっと、合いの子よ」
 あの時の嘲りを含んだような女性の声音は、今でもはっきりと耳に残っている。おそらく生涯、消え去ることはないだろう。
 ソニーに現実を教えてくれた本牧の海は、以前と変わらずそこにあった。しかし噂によると、さらに埋め立て工事は進み、ここに巨大な石油精製施設ができるという。そうなると、日本石油精製株式会社の敷地となるので、関係者以外は入れなくなるという話も、小耳に挟んだ。
 ──この海とも、お別れというわけか。
 最後の一本となった両切りピースに火を付けると、ソニーは煙を深く吸い込んだ。

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