「私の未来はマンハッタンか偽装結婚しかない」
そう思い、10歳の私はお風呂で泣いていた。
初恋の相手は同性だった。あんなにすばらしい女の子が世界にはいるんだ、そう思うだけで何もかもきらきらして見えるような恋だった。けれど、その恋を口にした途端、クラスメイトは私を避けた。自分で自分が嫌になって泣いた。お風呂に響いてしまわないように、声を殺して。
異性が好きなフリをし続ければ、私には一応、しあわせな家庭ってやつを築ける可能性が手に入るんだろう。「あーあ、明日目覚めたら彼が女の子になってないかしら!」なんて、雄々しい臭いを放つ夫の枕カバーを洗濯しながら思うのかもしれないけど。
でも、同性が好きだと言ってしまえば、私はマンハッタンのレズビアンクラブに追いやられるほかないんだ。なんだかそう思えて仕方なかった。何の根拠もなかったけれど、なぜか「レズビアン=マンハッタン」という強烈なイメージが頭にあった。
まともな職に就けるはずがない。ストリートにぽっかり口を開ける暗い階段を下り、裸の女が吊られた地下のレズビアンバーで、レザーブーツのジャンキーがこぼしたビールを臭いモップで拭く仕事をしながら生きていくほかないんだ。それが、10歳の私が見ていた悪夢の中のマンハッタンだった。
だからこそ、29歳になって、私は実際のマンハッタンを自分の足で訪れることにした。大人になった私はLGBT史についての本を書いており、マンハッタンがLGBT史において外せない場所であることを後から知ったのだ。2016年7月はじめのことだった。忘れてしまわないうちに、今回は、あなたに向けて書きたいと思う。あの夜のことを。
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