棋士とメシ

女流棋士のカフェ訪問

スマホのアプリも面白いけれど、誰かと向かい合って遊ぶ、ボードゲームやカードゲームも、やっぱり面白い! そんな人にオススメのカフェが、東京の下町にオープンしました。

 2016年7月、東京の下町に、一軒のカフェがオープンした。その名を「どうぶつしょうぎcafeいっぷく」という。マネージャーは、引退女流棋士の、藤田麻衣子(ふじた・まいこ)さんだ。

 最初から個人的な話になるが、筆者は藤田さんが結婚する前、旧姓の比江嶋(ひえじま)さんの頃からの知り合いだ。昔から、ずいぶんとお世話になった。

 2003年に名人戦棋譜速報が立ち上がり、現地スタッフはしばらくの間、筆者一人だった。勢いで手を広げていくうちに、次第に手が回らなくなり、他に頼るあてもなかったので、センスがあって適性がありそうな、藤田さんに仕事をお願いすることにした。

 中継記者が二人体制となったので、それぞれがペンネームを名乗ることにした。スペースの限られている新聞観戦記では、一文字でも節約する、という合理的な理由から、短いペンネームを名乗るのが伝統だ。たとえば、かつての第一人者である東公平(ひがし・こうへい)さんならば「紅」(こう)だ。

 基本的にスペース無制限のネット上では、どれだけ長い名前でも問題ないのだけれど、そこは古式に従って、短くした。筆者は「青葉」で、藤田さんは「紬」(つむぎ)だ。

 十数年前の名人戦の中継は、青葉と紬のコンビが多い。青葉が盤上のことを伝え、紬さんが写真で盤外のことを伝える、という役割分担が多かった。筆者もずいぶんと料理やお菓子の写真を撮ったが、藤田さんも同様である。二人の写真のストックを合わせれば、かなりのものになるだろう。

 7月9日。筆者は2歳の息子を連れて、カフェいっぷくにお邪魔をすることにした。夏の土曜日の午後。雨上がりで、涼しくて助かった。

 地下鉄の清澄白河駅から歩いていく途中で、ベビーカーに乗せてきた息子は、眠ってしまった。カフェについて中をのぞくと、十数の席が埋まっている。大盛況のようだ。

 2人がけのテーブルにはボードゲームが置かれ、小さな女の子が真剣な顔で、それを見つめている。若いお母さんの方は、ボード上ではなく、女の子の方を見て、微笑んでいる。ああ、ぴえこ(藤田さんのこと)はこういう空間を作りたかったんだな、ということが、すぐにわかった。

 店が落ち着くまでの間、どこかで少し待っていよう。そう思ってあたりを見渡すと、うまい具合に、道を隔てた向かいに、焼き鳥屋が見える。店の名前は「鳥満」(とりまん)と。持ち帰りが基本だが、店先の椅子に腰掛けて、その場で食べることもできるようだ。

 とりあえず焼き鳥は決定。そして、ちょうど2軒隣りに、酒屋さんがあるではないか。

「すみません、そこでビール買ってきてもいいですか」

 と、おばさんに声をかけると、

「どうぞー」

 とのこと。串を4本頼み、あぶってもらっている間に、サントリーのプレミアムモルツを1本買ってきた。ちょっと贅沢をしているつもりだが、千円札1枚で間に合って、まだお釣りがくる。

 焼き鳥は、肉が柔らかく、甘辛いタレがほどよい。一方で、ちょっと贅沢のつもりで追加した豚バラは、塩加減がよくて、ビールに合う。つくねは、ふわふわの中に、コリコリの軟骨が入っているタイプ。マツコ・デラックスさんがテレビで、「軟骨入りのつくねは許せない」という旨の意見を表明していて、それに賛同している人が多かったことを思い出したが、個人的には、どちらもありだと思う。

 そんなことをぼんやり考えていると、しばらくして、お客さんを見送る藤田さんが、外に出てきた。筆者の姿を見つけて、道路の向こう側から、手を振ってきた。

「いいねえ! そこの焼き鳥、美味しいよね?」

 と藤田さんが言う。うん、美味しいよ。皿を片づけ、缶を捨て、息子を起こして、今度はカフェに向かった。

 「何かおすすめは?」

 中に入って、藤田マネージャーに尋ねると、いちごヨーグルトだという。会計の際には、レジでさいころを振るシステム。振ってみると、ぞうが出た。100円引きで、400円だという。

 りんごジュースの息子は、サイコロを振って、クッキーをもらって大喜び。ずいぶんと、気前のいいシステムだ。

 店内には、どうぶつしょうぎや将棋だけではなく、多くのボードゲームやカードゲームが置いてある。

 いい大人が夢中になれるのは、囲碁や将棋だけではない。藤田さんとは、「たこつぼ」をプレイしてみた。

 東公平さん考案のチェッカーに似たゲームで、シンプルながら戦略性に富んでいて、奥が深い。

 かたことしかしゃべれない2歳の息子はまだ、ゲームのルールを覚えるどころではない。それでも、駒を積み木にして遊んでいて、それだけで楽しそうだった。

 将棋をやれば、子供の頭がよくなる、というのは正直なところ、筆者にはよくわからない。それはともかくとして、子供と楽しい時間を過ごすことができるのは、間違いない。

 筆者の妻は、お菓子を作るのが仕事の、パティシエである。長い間、将棋とは何の縁もない人生を送ってきた。しかし最近では、観る将棋ファンだ。「イケメンだから」という理由で、中村太地六段のファンだという。

 妻は、藤田さんをはじめ、多くの将棋女子と仲がよい。

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松本博文

あの大一番を支えた食は何だったのか―― 現在における将棋対局のネット中継の基礎をつくり、食事の中継の提案も行った松本博文氏がつづる、勝負師メシのエピソード。

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コメント

flamingoou いい!!将棋ネット中継の黎明期にピエコさんは深く関わっていたんですね。 約3年前 replyretweetfavorite

pie_co 「棋士とメシ」の話じゃないじゃんっていうのと、鳥満は「とりまん」ね。というツッコミ。 約3年前 replyretweetfavorite

ETCShogi どうぶつしょうぎカフェいっぷくさんについてはこちらを(写真もあります) 約3年前 replyretweetfavorite

ETCShogi どうぶつしょうぎカフェいっぷくについてはこちらを。 約3年前 replyretweetfavorite