伊東潤 前編「真の意味で彼を殺したのはだれか。その歴史解釈が語りの妙」

2007年に『武田家滅亡』でメジャー・デビューして以来、直木賞候補に5度も挙がるなどたくさんの傑作を発表してきた歴史小説作家の伊東潤さん。そのリアリティー溢れる作風は、新時代の歴史小説の担い手として注目を集めています。伊東さんが歴史小説を書き続ける理由をじっくりと伺いました。
cakesで連日更新中の新刊『横浜1963』も併せてお楽しみください。

かねて疑問だった。
歴史小説って、あまりに不自由ではないか。

だって、史実というのはとっくの昔に決まっていて、揺らぐことなんてないはず。そこを無視して書くことはもちろんできないだろうし、もし史実を無視するのであれば、もうふつうの意味での歴史小説ではなくなってしまう。

いや、まれには動くことも、あるにはある。最近では「いい国つくろう(1192年)鎌倉幕府」と学校で習い覚えたものが、覆された。現在は1192年と限定せず、段階的に幕府が成ったと考えるのが主流な様子。まあこれは、幕府の成立をどの瞬間とみなすかの見解が変わったに過ぎない。「いい国つくろう」の語呂合わせが消えても、源頼朝が鎌倉幕府を築いたことは揺るがないし、彼の築いた幕府が北条氏に継がれていくこともたしか。

同じように、織田信長はどうあっても本能寺で死ぬのだし、天下分け目の関ケ原合戦で勝利するのが徳川家康というのは確定事項。歴史小説は、それを踏まえて書かれることになる。人物の来し方行く末、出来事の顛末がおよそ決まっているなんて、不自由なことこの上ない。その枠組みのなかで想像力を発揮し、書き手の個性を打ち出すとは、かなりの難題に思える。となると、知られざる人物や出来事をなんとか探し出したりといった、素材選びくらいしか創意の余地がないのでは? 

ただ、もしもそうだとすると、長年決まったテーマを掘り下げ続けている研究者、財力や人脈を持つ好事家のほうが有利になってしまう。いっそのこと、歴史を書くには研究書やノンフィクションでいいのでは? ということになってしまう。歴史について書き、なおかつそれを小説のかたちにする意味は、いったいどこにあるんだろう。そんな疑問が湧いてくる。

そのあたりのことを、明快に答えていただくのにうってつけの人物がひとり。小説家の伊東潤さんである。2007年に『武田家滅亡』でメジャー・デビュー以来、『黒南風の海‐加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』『国を蹴った男』『巨鯨の海』などたくさんの作品を発表してきた歴史小説のトップランナー。とりわけ戦国時代への造詣が深く、なかでも北条氏への思い入れは人一倍強い。

いっぽうで、伊東さんが6月に上梓した最新刊は、戦後日本を舞台にした社会派ミステリー『横浜1963』。この題材の選択の幅広さ、ほかにあまり例がない。くわえていえば、文筆業に入る前は、ビジネス・コンサルタントだったという異色の経歴も持つ。歴史を文章で描き出すこととは。小説という器で何が表せるのか。歴史小説という枠組みについてなど、きっと明確に把握しているのだろうと想像する。

実際、小説家としてのみずからについて伊東さんは、

 想に任せてどんどん書いていくタイプじゃない。いつも調べを尽くして、構成・組み立てをきちんと考え、話をつくっていく。

と明晰に分析する。才能が迸るまま、思うままに筆を動かせばできるものではない、小説とはもっと意識的な構築物である、そうはっきり意識しているのだ。

では、歴史を題材として扱うことについて、伊東さんはどのように考えるのか。意義や意味のようなものはある?

 争いや競争があるのは人の世の常。ならば過去の例をひもといていくことによって、失敗を繰り返さないようにし、成功の法則を見出せるはず。歴史に学んでこそ、世界の平和から日々の競争までを勝ち取ることができるのです。

なるほど伊東さんが歴史を書き続ける背景には、歴史への信頼と熱い思いが確固としてある。

伊東さんが5月に刊行した歴史エッセー『敗者烈伝』もまた、まさに「歴史から学べ」との教えが詰め込まれている。平清盛から織田信長、西郷隆盛まで、歴史上の英雄・豪傑が、争いに屈した敗因を解明せんと筆を進めている。

 そう、同時に歴史上の人物に敬意を持ちながらも、同じ轍を踏まないようにとの思いを含んで書いていきました。

ほかにも歴史エッセーは幾冊も上梓しているとはいえ、伊東さんが歴史を書くときに、中心となるのはやっぱり小説のかたち。なぜ小説で歴史を描き出そうとしている?

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

剛腕作家・伊東潤の新境地、本格社会派ミステリー『横浜1963』

横浜1963

伊東 潤
文藝春秋
2016-06-08

この連載について

初回を読む
文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Echuiriel https://t.co/EIcRS3UAf2 この話に大きな違和感を感じてたんだけど、いま丸島先生のツイを見て原因が分かった。この人達の言う「エラい先生の歴史」って、「お勉強でやる歴史」だわ。もっと言えば、「学校のテストで出てくる暗記ものの集積としての歴史」だわ。 約1年前 replyretweetfavorite