心を揺さぶられたテストの解答

都内の某私立高校で教師をしている海老原さんが、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていく本連載。今回は「逃げ場所」についてのお話です。期末試験で海老原さんが生徒たちに出した1つの問題。その解答欄からは、生徒たちの「すげぇ疲れてる」感があふれ出ていました。今を生きる高校生たちの生々しい姿に、海老原さんが気づいたこととは?

前回は、高校2年の世界史の授業をきっかけとする話を書いたが、その授業では、もう一つ印象に残ることがあった。それは、中世ドイツの「自由都市」(商人らの自治が認められた都市)に関わることわざを教えたときのこと。

「都市の空気は(人を)自由にする」

中世ヨーロッパは、少なくとも15世紀くらいまでユーラシア大陸の「遅れた」地域だった。農奴の扱いもわりと厳しく、基本的に彼らには移動や職業選択の自由がなかった。

でも、トンビの子はトンビ、との運命を呪う人間もいる。そんな彼らが故郷を捨て、逃げた先が都市。そこで「1年と1日」を過ごせば、農奴の身分から解放された。

ここを学ぶとき、僕は授業でちょっと寄り道する。

何かから逃げたい! そういった気持ちを味わわないまま一生を終える人は、まずいない。だからこそ、1000年近く前の農奴の話なんて今の自分に関係ないでしょ、と生徒に思ってほしくない(まったく生徒に関係ないとすれば、中世史を学ぶ意味はどこにあるんだろう?)。

だから、ちょっと暑苦しいかもと心配したけど、僕は次のような話をつづけた。

もうこんな仕事イヤだ!と逃げたくなったときには

メディア関係の小さな会社でのブラックな仕事に嫌気がさし、自分がつぶされる前に会社を辞めた僕は、留学中の友人の手引きで、とあるアジアの国に「逃げた」。そこでバイトしつつ言葉を学びながら、1年と1日ならぬ、1年と10ヶ月。充電をたっぷりした僕は、たしかに何かから「解放された」と思う。

そして最近では、もうこんな仕事イヤだ!となったとき、すべてをほっぽり出して新宿に駆け込む。目的地はザ・昭和の喫茶店。タバコの臭いは大嫌いだけど、ここでは我慢する。今じゃめっきり食べられなくなった「フルーツ・パフェ」を楽しめるから。

お値段こそ平成級で1000円ちょっとだけど、内容物は正真正銘、昭和のパフェ。黄桃やパイン、サクランボはもちろん缶詰めのもの(昭和生まれは、新鮮な果物を使った「スイーツ」じゃなくていい)。

こんな話をして、ちょっとむずかしい歴史用語、「アジール」を紹介した。ごく大まかに言えば、これは駆け込み寺やシェルター(難民にとっては避難先の国)のことだと説明した。困った時、追われている時、何かから逃げたい時、「あそこに行けば何とかなる」と思える場所。

アジールがあるかないかで、人生の道すじってだいぶ変わってくるよなぁ。こんな一人ごとをよそおいつつ、生徒にひそやかに問いかけてみた。

「今のあなたにとって、“アジール”はどこですか?」

解答欄からは「すげぇ疲れている」感があふれ出ていた

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教室では言えない、高校教師の胸の内

海老原ヤマト

一般企業に就職した後、私立高校で先生をすることになった30代前半の新米教師が、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていきます。教室や職員室での悲喜こもごも、そして生徒の言葉から見えてくる、リアルな教育現場とは?

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コメント

megamurara アジールは街(本屋、レコード屋、映画館、美術館)。 4年弱前 replyretweetfavorite

H__kemhorns 高校教師の 4年弱前 replyretweetfavorite

tipi012011 中々興味深いです。 4年弱前 replyretweetfavorite

cha20u06 なにぃ…!→「解答欄に、「父」や「おじいちゃんの家」と答えた生徒は、250人いる中でゼロだった……。」: 高校教師の 4年弱前 replyretweetfavorite