横浜1963

俺はいつもアウトサイダーだった

刑事部の有馬巡査部長が担当する他の事件の取り調べに同行することになる。そこで、容疑者
であるカール・S・ウォーケン二等水兵と出会う。取り調べは無事終わり、解決が見えたが、ソニー自身が担当する「横浜港女性変死事件」は手がかりが掴めないままでいた。

 ウォーケンの事件は一応の解決を見たが、「横浜港女性変死事件」は、依然として手掛かり一つ摑めなかった。
 七月九日、ソニーは捜査を再開した。
 この日から娼婦たちにも聞き込みを掛けることにしたので、絵が得意な者に頼み込み、遺骸の似顔絵を描いてもらった。これなら顔を背けられることもない。
 ソニーは市電を乗り継ぎ、黄金町に向かった。黄金町や初音町には、「ちょんの間」と呼ばれる売春宿が多くある。
「ちょんの間」は、大岡川沿いに作られた間口二メートルたらずの店で、それぞれに「小百合」「舞子」「愛」などといった女性名が付けられている。こうした店は名目上、スナックとして登録されているが、一階で酒食を供し、給仕する女が気に入れば、二階で事に及ぶという仕組みである。むろん飲み食いせずに、即、二階に直行する客も多い。
 黄金町や初音町の「ちょんの間」は二百五十軒余もあり、三人の女が三交代で勤務する二十四時間体制を敷いていた。それでも、客があぶれるほど盛況である。
 つまり「ちょんの間」に勤める娼婦の数は、七百から八百人に上る計算になる。それだけの数の女性が、こうした仕事に就いているというのは、考えようによっては悲惨である。
 ──それもこれも戦争に負けたからだ。
 戦争未亡人が生きていくための仕事は、極めて限られている。しかも男を戦地に取られ、婚期を逃した女性も数多くいた。そうした女性たちが、めぐりめぐって娼婦に落ちてしまう話は、警察にいれば嫌でも耳に入ってくる。
 戦争の生み出したおりを、日本は昭和三十八年の今でも引きずっている。それがソニーであり、ここで働く女性たちなのだ。

 首に掛けたタオルで噴き出る汗をぬぐいつつ、ソニーはYシャツ姿で、懸命に聞き込みを続けた。しかし娼婦たちは、かかわり合いになるのを恐れているのか、皆、似顔絵を一瞥しただけで首を左右に振る。
 娼婦たちは、いちように腫れぼったい顔に厚化粧をしていた。その安っぽい化粧品の匂いが、汗の匂いと混ざり合い、悪臭としか言いようのないものを生んでいた。だがその匂いこそ、ソニーが子供の頃から慣れ親しんできたものでもある。
 九日も収穫はなかった。
 夜になってから県警に戻ると、机の上にいくつかの書類が載せられていた。
 そこには福西ののたくった字で、「候補をいくつか挙げておいたで」と書かれていた。メモまで関西弁で書くことはないと思いつつも、ソニーは心中、彼らの働きに感謝した。
 そのリストには、横浜で働いているはずだが最近、連絡が取れなくなり、近親者が地元警察に捜索願を出している者の名が書かれていた。
 年齢や身長など、いくつかの条件の絞り込みがなされており、十一名の候補が挙げられている。
 メモによると、それぞれの出身地の警察には、すでに遺骸の写真が送られており、現地の刑事や警察官が、近親者に確認を取ることになっているという。
 こうした他県の警察との連携に関しては、さすがに刑事部は手馴れている。
 缶に入った両切りピースを手に取り、火を付けようとしたソニーだが、その時、一枚の書類が目に入った。
 ──あかざわ、二十七歳か。
 北海道函館市出身の赤沢美香子という二十七歳の女性が、一週間ほど前から連絡が取れなくなっており、実家の父親から、二日ほど前に捜索願が出されていた。むろん写真はないが、年格好は遺骸の女性と合致している。
 美香子は帯広畜産大学を卒業した後、地元の食品関係の会社に勤めたが、すぐに退職し、横浜で貿易会社に勤めると言って、数年前に故郷を後にしたらしい。しかしそこには、その貿易会社の名までは記されていない。
 翌十日も、ソニーは黄金町の「ちょんの間」や、横浜の遊郭として名高い真金町に聞き込みを掛けた。しかし何の手掛かりも得られず、署に戻る日々が続いた。
 広い横浜とはいえ、娼婦関係者から何も得られないということは、遺骸の女性が、その手の女ではないことをしている。
 ──いや、待てよ。
 ソニーは、いつの間にか「こうあってほしい」と思うようになっている自分に気づいた。
 ──少し頭を冷やそう。
 さすがにここ数日、多忙な日々が続いたため、この日、ソニーは直帰することにした。

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この連載について

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