気づけば、喉が、からからに渇いていた。
日ノ出町の駅前の売店が目に入ったので、コーヒー牛乳でも飲もうかと思ったが、その横に、自動販売機なるものが設置されているのに気づいた。
見た目がほとんど白人のソニーの場合、売店に入ると迷惑そうな顔をされる。売り子たちは、白人に英語で話しかけられるのが嫌なのだ。むろん、すぐに日本語を話せば安堵の笑顔が見られるのだが、中には「あんたの日本語はうまいね。どこで習ったんだい」などと問われることもある。
そうした面倒のない自動販売機は、とても助かる。
小銭を三十円入れると、瓶入りのコカコーラが出てきた。販売機に付けられた栓抜きで栓を抜くと、炭酸の泡が噴き出す。手がべとつくのも構わず、最初の一口を飲むと、まさに極楽である。
売店の近くのベンチに座り、通りを見るともなく見ていると、場外馬券発売場に来ていた人たちの虚ろな顔が目に入ってきた。皆、足早に京急の改札に吸い込まれていく。結果が芳しくなかった人たちに違いない。
通りに目を転じれば、離れ小島のような市電の停留所に、同じような作業服を着た男たちが佇んでいる。知り合いどうしで来ている者は少なく、皆、一様に口をつぐんでいるのが、逆に不自然に感じられる。
月曜から土曜の昼まで汗水たらして働き、日曜に金を使い切る生活のどこに楽しみがあるのか、ソニーには分からない。だが彼らは、それ以外に金を使う術を知らないのか、なけなしの金を手にして吸い込まれるようにこの町に来る。
ソニーが少年の頃に見た山手の米国人たちは、もっと別の方法で人生を楽しんでいた。
本牧の居留地と違い、山手には直接、米軍とかかわりのない外国人ビジネスマンたちが住んでおり、そのエリアは、とくに日本人立ち入り禁止というわけではない。しかしそこには、歴然とした生活の格差があった。
──芝生のある広い家に住み、土日ともなれば、バーベキューの煙が上がる。
少年の頃、ソニーはそんな光景を見て育った。
ソニーが山手を歩いていると、「Come here」と言ってくれる人もいた。どこかの米国人の子供と勘違いしているのだ。そんな時は、うまい肉やジュースにありつけた。
しかし、ソニーが薄汚れた日本製のシャツを着ていると見るや、「mixed」とか「GI Baby」などと言って追い払う者もいた。戦前に生まれたソニーが時代的に「GI Baby」のわけはないのだが、米国人女性などは歴史に無頓着で、昔から米軍が進駐していると勘違いしている者もいる。
ソニーが日本人と分かった時、突然、無愛想になる彼らの顔を、ソニーは今でもはっきりと思い出せる。
──俺は、あいつらの社会にも受け入れてはもらえないのだ。
それが現実であり、そうしたものと、うまく折り合いを付けながら生きていかねばならない。それが、ソニーがたどってきた道であり、おそらく、これからもたどる道となるはずだ。
日ノ出町駅前のベンチで一服した後、県警に戻ったが、外事課は閑散としていた。
課長の大村も帰宅したらしい。
──皆にとっては、一人の女性の死など、どうでもよいことなのだな。
日曜とはいえ、まだ七時だというのに帰宅してしまうところに、この事件に対するやる気のなさを感じる。
──では、俺にとってはどうだ。
ソニーは、殺された女性に「運が悪かった」以上の思いを抱けなかった。口にこそ出さないが、「米軍将校相手じゃ、あんたが悪い」とさえ思ったこともある。
デスクの上には、いくつかの書類が載せられていた。そのどれもが、密貿易に絡むものばかりである。言うまでもなく、ソニーはこれまで、殺人どころか傷害事案にも携わったことはない。
外事課は警察官が六十二名に一般職員が四名の六十六名体制で、そのほとんどが、密貿易、不法入国、外国人登録法に絡む事件に携わっている。
その外事課の中でもソニーの英語力は抜群で、米軍が絡んだ事件となると、刑事部などに駆り出されることもあったが、殺人事案の専従になるとは思わなかった。
それらの書類を横に押しやっていると、刑事部の有馬俊樹巡査部長がやってきた。
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