横浜1963

国内に二つの社会を持つ国、それが日本だ

日本人女性の遺骸の鑑識の結果から、金髪の外国人による強姦殺人の可能性が高いことが明らかになった。
殺害現場近くで外国車のような大きな白い不審車両を見たという目撃情報も出ていた。ソニーは横浜港で捜査を始める。

「横浜港女性変死事件」の専従捜査員となったソニーは、翌七月七日の朝、まず遺骸の発見者に会ってみることにした。
 遺骸の第一発見者は、ダルマ船の船長である。
 輸送船はコンテナではなくバラ積みで、荷揚げ荷降ろし作業に多くの人手を必要とした。そのため、沖に停泊する大型船まで沖仲仕たちを運ばねばならない。それに使われたのが、人を乗せるスペースを多く取ったダルマ船である。
 ダルマ船の管理会社から教えられた堀川の「はしけ溜まり」まで行ったソニーは、ダルマ船に寝泊まりしている船長を呼び出して話を聞いた。
 汗染みの付いたランニング姿の船長は、眠そうな目をこすりつつ話をしてくれた。
 船長によると六日の朝、いつものように沖仲仕を送るべくダルマ船を運航していると、湾口付近で何かが浮いているのを発見した。近くまで行ってみると、それがうつ伏せになった状態の水中死体だと分かり、無線を使い、会社経由で海上保安庁に連絡を入れてもらったという。つまり船長は通報だけで、遺骸を引き上げたのは保安庁のタグボートになる。
 付近に何か浮いていなかったかと尋ねても、船長は「ほかには何も見なかった」と言うばかりである。
 これ以上、収穫がないと思ったソニーは、船長との話を早々に切り上げ、保安庁に行ってみた。こちらも遺骸の引き上げに従事したというだけで、手掛かりらしきものは、何も摑めなかった。
 続いてソニーは、白い車を見たという警備係に会うべく、通称「赤レンガ倉庫」と呼ばれる新港埠頭の保税倉庫に足を向けた。
 長かった梅雨も終わりを告げたのか、空は晴れ渡っており、無数の海鳥が倉庫の上を飛び交っている。
 丸眼鏡をかけた学生風の警備係は、ソニーの顔を見たとたん、米軍の私服MPと勘違いしたのか蒼白になった。
 ソニーがハーフの日本人だと名乗り、警察手帳を見せると、ようやく警備係は、ぼつぼつと語り始めた。
 横浜で働く日本人の多くは米国人を恐れており、彼らの社会とは、かかわり合いになりたくないと思っている。米国人が歩いていれば道を譲り、米国人に話しかけられれば、逃げるように立ち去ろうとする。それがの間に壁を設け、互いの交流を阻害していた。
 ──国内に二つの社会を持つ国、それが日本だ。
 その矛盾が、第二次世界大戦の結果によってもたらされたのは言うまでもない。だが日本人は、それが連綿と受け継がれてきたかのように受け入れ、声高に矛盾を唱える者もいない。
 ──それが日本人さ。
 ソニーはアウトサイダーゆえの視線で、日本人の本質を見抜いていた。
「話はそれだけかい」
「ええ、まあ」と答えつつ、警備係が不安そうに瞳をしばたたかせる。
「そんなに俺が怖いかい」
「あっ、いや──」
 黙って両切りピースを勧めると、警備係は恐る恐る手を伸ばしてきた。
「大丈夫だ。毒など入ってない」
 ソニーのジョークに、警備係は引きつった笑みを浮かべた。
 続いてソニーは、「サンダーバード」「エドセル」「インパラ」「コルヴェア」「フューリー」といった米国人将校ににんのある車種の写真を見せたが、警備係は「暗くて、よく分かりませんでした」と繰り返すばかりである。車のナンバーも見ておらず、それが、AナンバーかYナンバーかも分からないという。
 そこに、かかわり合いになりたくないという心理が働いているのは明らかである。
 日本の敗戦、そして米軍の進駐以来、米兵の無法はしようけつを極めており、その被害は一般市民にまで及んでいた。野毛や根岸では、酔った米兵の喧嘩や飲食代の踏み倒しが日常茶飯事のように起こっており、その度に警察官が出動するものの、逮捕できずにMPを呼ぶだけである。
 そうしたことが度重なり、横浜の警察は一般市民からも蔑まれ、聞こえよがしに悪口雑言を言われていた。この状態で、一般市民から積極的な証言を得ようというのは、虫がよすぎる。
 結局、警備係からはそれ以上、得るところはなかった。
 ──どうなるか分からない捜査だ。これ以上、無理押ししても仕方ない。
 それを思うと、ソニーの熱意も薄れてくる。
 警備係と別れ、県警本部に戻ったソニーは、日ノ出町かいわいの地図を広げ、どこから聞き込みを始めるか、考えることにした。

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