2010年6月29日、ワールドカップ南アフリカ決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦。後半36分という時間帯になって、僕ははじめてワールドカップ本戦のピッチに立った。
グループリーグの途中から「出番があるとしたなら決勝トーナメントに入ってからだろう」と予感できていたこともあり、いつでも出られるようにとコンディションをつくっていたつもりだ。そのため、ピッチに足を踏み入れた瞬間から動きはキレていた。
ただ、結果はどうだったかといえば、ご存じのとおりだ。前後半合わせての90分間、延長戦前後半の30分間、合計120分間を通して、日本もパラグアイも得点はなかった。そのためにPK戦となり、3対5という結果で敗れてしまったのだ。
あの試合の中には、その後の夢にも出てくる忘れられない場面がある。
延長戦後半、えぐるようにしてペナルティエリア内に侵入してきたタマ(玉田圭司)から出された浮き球のパスが、僕の目の前を流れていってしまったところだ。
解説などでは「パスが合わなかった」と済まされるような場面だが、そこにいた僕の感覚としてはそうではなかった。
ひと言でいえば、タマの狙いと僕の読みがズレていたことになる。あのときタマがキーパーの前を狙ってパスを通してくるのを読んで、そこに動けていたなら、頭を合わせるだけで簡単にゴールができていた。
そうなれば、あの試合で日本が勝てていた可能性は高かったし、僕の人生においても何かが変わっていたかもしれない。
僕にとっては悔やんでも悔やみきれない場面となった。
試合後、何度も見返しているけれど、「あれは修正できたのではないか」という思いは変わらなかった。スローモーションのように僕の目の前をボールが流れていった場面はいまでも脳裏に焼きついている。その夢を見て目が覚めたときには、いつも虚しさだけが残ってしまう。
あのときに生まれた悔しさがあるため、「もう一度、ワールドカップに出たい」という思いが僕の中では強くなった。
同じような場面で同じようなパスが飛んでくることはまず考えられない。それでも、もしそういうことがあったとしたなら、そのときにはあのパスに合わせるポジショニングができる選手でありたいと思っている。
ワールドカップに出ることなんて考えられるような選手ではなかった
もう一度、ワールドカップに出たい。
いまの僕はそんな気持ちを強くしているが、もともと僕はワールドカップに出ることなんて考えられるような選手ではなかった。
小学校でサッカーを始めて以来、中学、高校、大学と、年代別の日本代表に入ることなんてまったくなかったのだから、それも当然だ。
そんな僕がどうしてワールドカップの舞台に立てるような選手になったかといえば、自分を信じていたからだ。そしてそのために〝あきらめることがなかったから〟だろう。
サッカーが好きでたまらなかった僕は、「プロ選手になれなかったとしても、サッカーに関係したことで生きていきたい」と、早い段階から決めていた。
そんな気持ちでサッカーを続けてきた中で、「自分にはこんなプレイはできない」と決めつけてしまったことは一度もない。
ここまで来る過程には、運や巡り合わせといった要素はいろいろあったと思う。だけど、いまの僕があるのはそのためだけじゃない。自分の可能性は信じて疑わず、これ以上は無理などと考えたことがなかったからこそ、ここまでやってこられたのだ。
サッカーが好きだからこそ、常に自分をレベルアップさせるための方法を考え、模索や試行錯誤を繰り返してこられた。
それはいまでも変わらない。もし上を目指す気持ちをなくしてしまったとすれば、サッカーをやめるときだと考えている。僕のことを応援してくれる人たちもいる。そんな人たちに対して、中途半端な気持ちになった自分は見せられない。
応援してくれる人を裏切れないから。自分自身を裏切れないから。
これまで僕はずっとそうしてやってきたし、これからもそれは同じだ。
この文章を読んでくれている方の中には、いろいろな仕事をしていたり、サッカーではない夢を追いかけていたりする人もいるはずだ。だけど、どんな世界においても、あきらめずに続けることの大切さは変わらないと思う。「自分にそんなことはできない」と考えてしまったり、「自分にできるのはここまでだ」と限界をつくっていたとすれば、何をやっている人でも、それより上に行くことは期待できない。
自分で限界などは決めつけず、とにかく続ける。
そうしていてこそ、道はひらけていくはずだ。
※次回は3月8日(金)に掲載予定です
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