彼女が他の男に抱かれてる90分は、永遠みたいに長かった

18年と8ヶ月一緒に働いた、唯一の同期である関口が会社を辞める。2016年、東京という街を生き延びた42歳のオッサンであるところの、ボクと関口。雨が降りしきる早朝の中目黒、煙草臭いワゴン車の中で、二人は話し始めた。ラジオから流れる音楽とともに、ひとつの〝から騒ぎ〟がまた幕を下ろそうとしていた――フォロワー7万5千人のツイッターアカウント『燃え殻』@Pirate_Radio_さんの史上最大級のつぶやき、『ボクたちはみんな大人になれなかった』第二部です。

「ちょっと雨、おさまったかもなぁ」

 関口が車の窓を少しだけ開けて、外に手をかざした。アシスタントも外を見やると 、ワイパーを止めた。
 中目黒駅は、朝のラッシュが始まろうとしている。若いサラリーマンが畳んだ傘を持って走っているのが見えた。

 立ち食いそば屋の自販機もサラリーマンが数人並び始めていた。忙しそうに従業員が仕事をこなしている。

「スーとはなんかあったの?」関口は黒いイカツイ革靴を脱いであぐらをかくと、ボクの顔を覗き込んだ。
「何も」
「何も?」
「何も」ボクはできるだけ真面目な表情を心掛けた。
「俺には1回だけやらせてくれたけどなぁ」そういうと関口はゲラゲラ笑った。

「そっか」別に動揺はなかった。文字通り、本当に、スーにとっては「1回やらせてあげただけ」なのはわかっていたからだ。それ以上でもそれ以下でもない。嫉妬するようなことでもない。スーの人となりを思い返せばそんなことはわかった。そう思いつつ、ニヤケ顔の関口の後頭部を引っ叩いた。

 初めて会ったあの下品な夜。ボクは彼女に〝何も〟できなかった。
 彼女は『REQUIEM』の名刺にアドレスを書いて、すぐに鉄の扉をあけ、またあの喧騒の世界に戻っていった。

 ボクは夢(悪夢だけど)のような時間を振り返りながら東京タワーに向かってあの夜、ホテホテと歩いた。あのあと泥酔した関口が、VIPルームの革張りのソファーで大の字で眠ってしまい、六本木の街に放り出されたこと。女性デザイナーがあの雑誌編集長にうまいこと口説かれ、お持ち帰りされたこともあとから知った。

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ボクたちはみんな大人になれなかった

燃え殻

2016年まで生き延びた42歳のオッサンであるところの、ボク。1999年、ド底辺のお先真っ暗な二十代のガキであるところの、ボク。どっちもしょうもないけど、なんでだかあの頃が、最強に輝いて思える。夢もない、希望もない、ノーフューチャーな...もっと読む

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コメント

angelmikazuki イヤフォンを一つボクの耳に突っ込んでくれた。宇多田ヒカルの『Automatic』が途中から流れた。 https://t.co/POeGBgASmx 約1年前 replyretweetfavorite

nkc_H_Kuramoto 読めば良い。 https://t.co/txawqKdOfN 1年以上前 replyretweetfavorite

butiumai 今回もディープな話で続きが楽しみ♪(´ε` ) # 1年以上前 replyretweetfavorite

sac_ring 17年前の東京はセピア色ではなく、ネオンの光に真夜中の酔った視界と気だるい話し声。3回分をまとめて読んで、入り込んだ。/燃え殻 @Pirate_Radio_ | 1年以上前 replyretweetfavorite