​『クリーピー 偽りの隣人』 まだまだ行くぞ、世界の向こう側へ

黒沢清監督の話題作『クリーピー 偽りの隣人』は、意表を突くサスペンス・スリラーです。未解決の一家失踪事件と主人公が出会う奇妙な隣人の謎……。そこから見えてくる人間関係の不思議とは、いかなるものでしょうか。

『岸辺の旅』(’15)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した黒沢清の新作は、前川裕による小説『クリーピー』(光文社文庫)を映画化したサスペンススリラーである。いまや世界的に評価の高い監督・黒沢清の実力が凝縮された快作だ。予告編で印象的に使われる「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」というせりふが示すとおり、謎めいた人物によって途方もない闇へ引きずり込まれる恐怖が本作の魅力である。

元刑事で、現在は大学で犯罪心理学を教える主人公の高倉(西島秀俊)。彼が、妻の康子(竹内結子)と共に転居した先の家には、どこかとっつきにくく、感じの悪い隣人の西野(香川照之)がいた。ある日、西野の娘である澪(藤野涼子)が高倉に対して、西野は実の父親ではないと打ち明ける。高倉は元刑事の経験を生かし、西野の正体を探り始め、想像を絶する真実につきあたる。

『クリーピー 偽りの隣人』を見ていると、人と人が対話をして、お互いに意思疎通を図るという現実があり得ないことのようにおもえる。会話や表情といった伝達手段は、人の心を表現するにはあまりに不完全だからだ。ありきたりの言葉や無難な態度でその場をやりすごすことは、コミュニケーションと呼べるのか。他人を理解したつもりが、実はまったく通じあっていなかったとしたら──。作品を見終えた観客は、謎の隣人・西野から「お前が経験してきたコミュニケーションなどすべて無効である」と宣言されたような不安を感じるほかない。こうした不安を誘うキャラクターを、綿密な演出のもとに作り上げた黒沢清の想像力に感服するのだ。西野の言葉選び、所作、声のトーンといったすべてが、居心地の悪さと不快感に満ちており、観客を翻弄する。

たとえば転居後、康子が初めて西野と会話する場面の噛み合わなさである。引っ越しのあいさつをしようとする康子をさえぎって、手みやげの中身を聞いてきたり、飼い犬はしつけているから心配はないと説明した康子に「ええっ? 犬、しつけるんですか……」とわけのわからない部分で驚いてみせたりと、会話の文脈は定まらず、両者は一向になじまない。西野の、妙に歩幅のせまい、ちょこちょことした早歩きの不気味さや、会話の途中で、目線があらぬ方向へ泳ぎだす落ち着きのなさも違和感が残る。また、激昂した西野の言葉遣いが、突如として子どものようになり、「どうしてボクがこんなことしなきゃいけないの!」と怒り出す場面も印象的だ。西野を演じる香川照之は、「明らかにコミュニケーションの回路が壊れているが、かといって全く話が通じないわけでもない他者」の挙動を、迫真の演技で再現している。

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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sheep_629 『クリーピー 偽りの隣人』 まだまだ行くぞ、世界の向こう側へ|伊藤聡 @campintheair | 3年以上前 replyretweetfavorite

Ja_bow 『クリーピー 偽りの隣人』 まだまだ行くぞ、世界の向こう側へ|伊藤聡 @campintheair | 3年以上前 replyretweetfavorite

RiverUp_Rainbow やっべ、、、かわいい気持ち悪いかわいい西野 https://t.co/qXWzZPkyWS 3年以上前 replyretweetfavorite

takeyahirano 幾つもの疑問が残る。考えさせられた 3年以上前 replyretweetfavorite