ロボットに親しみを感じることは一種の「ハッキング」だ
海猫沢 長谷さんはご自身の世界観設定の一部をオープンソースにして、誰にでも利用できるようにしてますよね。
長谷 ああ、「アナログハック・オープンリソース」のことですか。
海猫沢 はい、ぼくはそのなかの「アナログハック」という概念がすごく好きで。すこし説明してもらえないですか?
長谷 ええ。アナログハックとは、「人間のかたちをしたもの」に人間がさまざまな感情を持ってしまう性質を利用して、その対象へ向けられる人の意識を意図的に変えようとすること、という定義ですね。
たとえば多くの人は、〝笑顔〟を描いた絵や映像を見ることで、幸福な気持ちになります。あるいは、警官の絵を描いただけの看板を見て、警戒心を呼び起こされて車のスピードをゆるめたりします。
海猫沢 おもしろいですよね。「人型のコンピュータ」に人間が親しみを持ってしまうこと自体、人間がハッキングされているようなものだなというのは、そういえばぼくも思っていました。長谷さんは、どうしてこれを思いついたんですか?
長谷 ぼくはもともとアニメや漫画が好きで、そのなかの現実でないキャラクターに感情を動かしている自分について考えたとき、アナログハックという考え方にいたったんです。
海猫沢 ぼくもオタなのでそのへんはよくわかります。人間よりもアニメキャラのほうに愛情を感じていたし人間より全然好きだったんだけど、でもやっぱりアニメキャラは実在しないし人間ではないし、じゃあこの感情は何なんだろうという。その問題意識を投影した概念だと。
長谷 そうなんですよ。
海猫沢 この間、羽生善治さんをリポーターとしてAIを取材するという番組がやっていたんですよ。その番組のなかで、AIを搭載したロボットを2台用意した実験が紹介されていて。
一台のロボットにブロックを積むという命令を与えて、しばらくしたら、もう一台のロボットに、人間が「あの積み上がったブロックを崩せ」って命令するんです。すると命令されたロボットが「これは仲間が作ったんでやめてください」って泣き始めるんです。
長谷 へええ。
海猫沢 とはいえ、彼らに心はないわけじゃないですか。なんらかのパラメーターでそういう行動をとっているだけで。でも、見ているぼくらは「ああ、かわいそう」って思っている。この実験って完全にアナログハックなんですよ。
長谷さんも前回、「インターフェースを人間に近づければ近づけるほど、商業的に儲かる傾向があるのではないか」と言ってましたけど、機械のヒト化というのは本質的なものではなくて、結局企業がロボットの商品としての価値を上げて、人間をうまくコントロールするためのものにすぎないのかも……。
長谷 受動意識仮説(※)的な心の捉え方をするならば、やはり「心」を感じるトリガーとしては情報量が多い視覚が一番有効なんだと思います。だから、ロボットを人型にするなど、見た目を通じて人間を誘導していくのは、当たり前の技術になっていくでしょう。
※意識体験と思えるものは、環境からの刺激に対しての脳内処理過程の結果を後で認識したものにすぎないという考え方
心は形あるものにしか生まれない?
海猫沢 でも、日本人はアニミズム信仰というか、なんにでも「魂」を見るわりに、ロボットやAIに対してだけは心の有無の判定が厳しいんですよね。って、これは哲学者の大森荘蔵さんが書いていた話なんですけど。
長谷 まあ人間にこそ心だと古典的に考えられていたものがあるか怪しいわけなんですけどね。石黒さんが「人間に心なんてない」と言いきったうえで、機械を人間に近づけていってロボットが人間社会に参画できるレベルになったときには、そのロボットを見れば「人間の定義」が書いてあるだろうという話をしていたのは、おもしろかったですね。
海猫沢 あれはすごくいい話ですよね。人間っていうのがなんなのかわからなくても、ロボットを人間に近づけていくと、いつか人間がなんなのかわかるっていう。
長谷 でも実際そうだと思います。ぼくも『BEATLESS』(※)を書いたときに、きっと人類にとっての本当の意味での「他者」というのはAIなんだろうなと考えたんです。AIが十分に発展することで人間は他者を手に入れ、その他者と自分たちを比べることで、本当の意味で自分たち人類を理解することになるんだろうなと。
※『BEATLESS』(2012刊。角川書店)
海猫沢 そのときの「他者」にはやはり人型が必要なんですかね。そういえば、形あるものにしか心は生まれないんでしょうか?
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